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元世界王者を一蹴。天心の「予行演習」【二宮清純 スポーツの嵐】

Text:二宮清純

「初めての打ち合いで一人前、男になれた」

 打たれずに勝つことに越したことはない。しかし、先のことを考えれば、打たれても勝ったことには、大きな意味がある。

 さる2月24日、東京・有明アリーナで行われたノンタイトル10回戦で、WBOアジア・パシフィックバンタム級王者の那須川天心が、前WBO世界同級王者ジェーソン・モロニーに3対0の判定勝ちを収めた。

 天心にとって、この試合はキックボクシングから転向して6戦目。「前」とはいえ、世界王者相手に、どんな試合をするかに注目が集まった。

 まず、驚いたのは天心の打たれ強さである。6回、モロニーの強烈な右ストレートを浴び、危うく尻もちをつきそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。

 これはバランス感覚にすぐれ、下半身がしっかりしている証拠である。本人も「案外、自分って打たれ強いなと思いました」と語っていた。

 プロに転向して、これだけ強いブローをくったのは初めてだろう。なみのボクサーならダウンどころか、KOされていてもおかしくない場面だ。

 それが、一瞬、腰が落ちたとはいえ持ち直し、反撃に転じたのだから大したものだ。日頃のトレーニングの賜物である。

 サウスポースタイルで半身に構える天心は、相手からすれば、攻め口の見つかりにくいタイプ。モロニーは絶えず前に出てプレッシャーをかけ続けたが、ヒラリヒラリとかわされた。

 天心の最大の武器ーは、ノーモーションで突き刺す左ストレート。これをもらうと、ひとたまりもない。

 モロニーは中盤から終盤にかけて、この左ストレートを消そうと接近戦を仕掛けた。7回には天心の右アッパーをくったが、接近戦ではモロニーに一日の長があった。接近戦対策は天心の今後の課題だ。

 私が注目したのは、終盤の天心の大振りである。当たるも八卦当たらぬも八卦とばかりに、目いっぱい得意の左を振り回した。

 格闘IQの高い天心が、こーうした行為に及んだ背景には、最悪の事態に備えての予行演習という意味合いがあったのではないか。

 チャレンジャーとして世界戦を迎える場合、このモロニ―戦のように、前半から順調にポイントを重ねられる保証はどこにもない。追う展開では、試合を引っくり返す終盤での一発が必要になってくる。それを踏まえた上での大振りだったに違いない。

「初めての打ち合いで一人前、男になれた」

 と天心。課題をひとつひとつ乗り越えた先に頂点はある。

初出=週刊漫画ゴラク2025年3月14日発売号

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