剣豪・宮本武蔵が晩年、熊本市近郊の金峰山にある霊巌洞にこもって著した兵法書の『五輪書』は、スポーツの指南書でもある。
書名の「五輪」は密教用語で、「地・水・火・風・空」の五巻により構成されている。
武蔵は「二天一流」の創始者だが、「水の巻」では太刀の持ち方や構えなど、剣術の具体が示されている。
その中に「有構無構の教え」という項目がある。有構無構、要するに「構えあって構えなし」ということだ。
<太刀を構えるということがあってはいけないということである。しかし、(太刀を)五方に置く(構える)ということにはなるので、構のようなことにはなるであろう。太刀は敵の縁(出方)により、場所により、状況にしたがって、どこに太刀を構えても、その敵を切りやすいように持つことである>(『決定版五輪書現代語訳』大倉隆二訳・草思社文庫)
構えには上段、中段、下段などがあるが、状況によっては上段でも下がり気味になることがある。そうなれば中段だ。逆に中段でも、少し上がり気味になれば、上段と変わりはない。すなわち<構はあって構はないという道理になる>のである。
それよりも大事なのは<敵を切る>ことだ。目的達成のためには手段にこだわるべきではない、というのが武蔵の考え方だ。
相撲で言えば大横綱の大鵬が、同じような考え方の持ち主だった。
大鵬は、基本的には左四つに組みとめてからの左上手投げやすくい投げを得意にしていたが、右四つでも相撲がとれた。押し相撲にも安定感があった。
しかし、横綱になった当初、得意とする型を持たない大鵬は「短命に終わる」と酷評された。解説者の神風正一は大鵬の相撲を「ナマクラ四つ」と蔑んだ。右四つ、左四つのどちらでもとれるが、これといった型がないから長続きしない、というわけである。
生前、大鵬にこの点を質したことがある。大横綱の答えは簡潔にして明瞭だった。
「せっかく、ひとつの型ができても、その型にならなければ勝てないというのでは話になりませんよ」
武蔵言うところの「構えあって構えなし」である。
構えにしろ、人数立て(軍勢の配置)にしろ、武蔵は<すべて合戦に勝つための手段である。(構の形に)固執するというのはよくない>(同前)と述べている。
これこそが生涯60戦無敗の極意である。
※上部の写真はイメージです。
初出=週刊漫画ゴラク2022年9月29日発売号