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汚れたヒーロー。カンセコの悲哀【二宮清純 スポーツの嵐】

Text:二宮清純

MLBで最も成功したキューバ人のひとり

「35年前、私は40-40クラブを設立した。ショーヘイ・オータニが今夜50-50クラブを設立した。おめでとう」

 ドジャースの大谷翔平が「50本塁打・50盗塁」を達成した9月19日(現地時間)、メジャーリーグ史上初めて「40本塁打・40盗塁」を記録したホセ・カンセコは、自身のSNSにこう記した。

 アスレチックスに所属していたカンセコが、42本塁打、40盗塁で「40-40」をクリアしたのは1988年のことだ。この年、カンセコは本塁打と打点の2冠王に輝き、MVPにも選出されている。

 通算462本塁打、200盗塁。MLBで最も成功したキューバ人のひとりながら、カンセコの名前を口にするだけで多くのMLB関係者が複雑な表情を浮かべるのは、彼がザ・ケミスト、すなわち筋肉増強剤の一種であるアナボリック・ステロイドの常習者だったからである。

 自著『禁断の肉体改造』(ベースボール・マガジン社)によると、カンセコがMLBにステロイドを持ち込んだのは、3Aからビッグリーグに昇格した85年だ。

 興味本位で始めたわけではない。ある意味、彼は確信犯だった。20歳の頃から薬物に関する書籍を読みあさり、科学者も顔負けの知識を有していた。

 ビッグリーグに昇格して2年目の86年、カンセコは33本塁打、117打点の成績でスターの仲間入りを果たす。翌87年も31本塁打、113打点を記録し、この年、49本塁打でホームラン王に輝いたマーク・マグワイアとのコンビ(バッシュブラザーズ)でMLBを席巻する。

 マグワイアに筋肉増強剤を勧めたのもカンセコだった。

<マグワイアと私は男性用便所の中にかがみこんで、我々自身で注射針を打ち込んでいた>

 2人の大男が、便器に腰掛け、尻に注射針を突き立てる光景は、想像するだにおぞましい。

 そして迎えた88年、カンセコは、開幕前から「40-40」を宣言する。

 大風呂敷を広げた理由はふたつある。ひとつは、ハードワークとステロイドのコンビネーションが、ある種の高到達点に達したとの確信を得たからだ。

 ふたつ目は、彼がキューバ人だったからである。<人種差別によって冷たくあしらわれた>カンセコは、とんでもない記録を樹立して、世間をあっと言わせたいと考えたのである。

 自著の中で、カンセコは<目の色が薄く、肌の白い人間は誰彼なく支持され>と恨み節を吐いている。怨念が大記録達成の背景にあったのだとすれば、寂しい話だ。

初出=週刊漫画ゴラク2024年10月11日発売号

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