19年ドラフト。4球団の競合指名の末、ロッテが交渉権を獲得した佐々木朗希(大船渡)。
岩手の沿岸部に生まれ育った怪物は、どんな景色を見てきたのか。かつては花巻東の菊池雄星、大谷翔平と岩手の怪物を追い、19年は佐々木朗希を追いかけたライターがその足跡を辿った。
■佐々木朗希④「そのとき、佐々木は沈黙した」
大船渡高校、猪川小、大船渡一中と佐々木のゆかりの学校を徒歩で回っていると、会見の時間がやってきた。
リアスホールでの会見には30社55人の報道陣が集結。大船渡サイドは佐々木本人のほか國保監督、吉田祥校長、吉田小百合部長も出席して、張り詰めた緊張感のなか始まった。
本人のプロ志望表明のあと、幹事社からの質疑応答があった。長い質問に対しても、佐々木は短いセンテンスで淡々と答えを返していく。その回答も当たり障りのない内容ばかり。
佐々木の「メディア泣かせ」は今に始まったことではなく、不満をこぼすメディア関係者もいる。だが、私はボールでこれだけ雄弁に語ってくれているのだから、言葉数が少なくても問題ないと思っている。
私を含め、幹事社以外のペン記者に残された質疑応答の時間は5分しかない。幹事社の質問時間が終わると、私は真っ先に挙手してハンドマイクを手渡された。
私は自分の名を名乗り、数メートル先に座る佐々木に問いかけた。
「佐々木投手はまだまだ伸びしろがたくさんあると思うのですが、プロ野球の投手として『ここまで到達したい』と具体的に思い描いているイメージがあれば教えてください。『こんなボールを投げたい』でも、『こんな成績を残したい』でもいいので」
質問終えてマイクを下げ、佐々木の回答を待つ。ところが、佐々木は私を真っすぐ見つめながら、そのまま微動だにしない。会見場に今までになかった沈黙が流れた。
もしかしたら、佐々木は私の質問が終わったと認識していないのだろうか。不安を覚えて何か言葉をつなごうとしたところ、ようやく佐々木が口を開いた。
「プロに入ったらタイトルがあると思うんですけど、すべてとれるようなピッチャーになりたいです」
正直に白状すると、私は少し肩透かしを食った感覚を抱いた。もし佐々木の言葉が実現できれば、たしかにとてつもない快挙ではある。
それでも、前代未聞と言っていい佐々木のスケールを思えば、「タイトル」という既存の価値に収まってほしくないという身勝手な思いもあった。そして回答の内容以前に、沈黙の長さが気になった。
沈黙している間、佐々木は何を考えていたのか。もしかしたら単純に言葉が浮かばなかっただけかもしれないし、何か別のことを言おうとしていたのかもしれない。そのことは佐々木にしかわからないことだ。
また、この会見では佐々木から興味深い回答が出るシーンがあった。
「この1年間でもっとも自分らしさが出た試合は?」という質問に対し、佐々木は「3月の作新学院との練習試合」を挙げたのだ。「自分の思うようにコントロールできた、満足いく形で投げられたと思います」
さらに現段階での体づくりの状況を聞かれると、佐々木は「体はできているがまだまだ自分としてはできると思う」と答え、國保監督は「強度に耐えられる体づくりの途中にある」と答えた。
プロ入り後も引き続き、体の成長を待ちながらトレーニングを積んでいくことになりそうだ。
佐々木がこれから見る世界
10月17日、ドラフト会議で4球団の競合の末、交渉権を得たのはロッテだった。近年、平沢大河、安田尚憲、藤原恭大と高校生野手をドラフト1位指名しており、今回の佐々木の指名で「骨太な好素材を育成していこう」という球団としての強い意志を感じる。
ドラフト後には順天堂大医学部との連携も発表し、医科学的な分野からも育成をサポートする体制を着々と整えている。
佐々木が見てきた景色は、これから大きく変わっていく。大船渡から千葉(もしくは浦和)という変化だけでなく、野球人として今まで見えなかった境地にたどり着けるはずだ。
その最高点に達したき、佐々木はマウンドからどんな景色を見るのだろうか。
きっとそのとき、佐々木を追いかけ、成長と無事を祈ってきたファンもまた、今まで見たことのない地平を目撃するに違いない。
次回「佐々木朗希“怪物の見る景色”⑤作新学院との練習試合の目撃者」へ続く
(初出:【野球太郎No.033 2019ドラフト総決算&2020大展望号 (2019年11月27日発売)】)
執筆:菊地高弘
1982年生まれ。『野球太郎』編集部員を経て、フリーライターに。選手視点からの取材を得意とする。近著に『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)がある。
アマ野球関連のラジオ出演なども多数。
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公開日:2020.02.14