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中国思想の原型・諸子百家の登場【始皇帝の話】

Text:渡邉義浩

儒家、法家、兵家など中国思想の黄金時代が現れた

生存競争に知恵をしぼる戦国時代が到来し、それまでの身分制や土地の呪縛(じゅばく)から自由になった人々は、自在に他国と行き来できるようになりました。「諸子百家(しょしひゃっか) 」と呼ばれた思想家たちは、このような背景の中で生まれます。

君主がどのように国づくりを進めれば、揺るぎのない強い国ができるのか。諸子百家が追求したのはこの一点でした。

国家の理想論を説く者、具体的な政策を語る者、戦術を語る者など中身は多種多様で、ゆえに「百家」と呼ばれたのです。縦横家(しょうおうか) 、名家(めいか) 、兵家(へいか)など次々に思想家たちが登場する中国思想の黄金時代がここに到来します。

諸子百家は諸国を渡り歩いて持論を説き、各国のリーダーたちはこれを受け入れ、「食客しょっかく)」、つまりゲストとしてもてなしたのです。

なかでも斉(せい)の威王(いおう)は、都の臨淄(りんし)の稷門「しょくもん(城の西門)」 の外に学堂を建て,思想家たちを集めて研究をさせました。

その思想家たちは「稷下(しょくか)の学士(がくし)」と呼ばれました。考え方が異なる者たちが議論を戦わすことを表す「百家争鳴(ひゃっかそうめい)」という言葉も、この論争に由来します。後の中国に絶大な影響を与えた孔子(こうし)を祖とする儒家(じゅか) が登場したのも、この頃です。

諸子百家:「諸子」は孔子・老子(ろうし)・孟子(もうし)などの人物を、「百家」は儒家・道家(どうか)・法家(ほうか)などの学派を指す。法家は秦に採用されて中国統一に貢献し、儒家は漢以降の王朝に用いられ、道家は黄老(こうろう)思想として広まった。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 始皇帝の話』
著者:渡邉義浩  日本文芸社刊

執筆者プロフィール
1962 年東京生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科修了。文学博士。現在、早稲田大学理事・文学学術院教授。大隈記念早稲田佐賀学園理事長。三国志学会事務局長。専門は古代中国思想史。主な著書・監修本に『眠れなくなるほど面白い 図解 三国志』(日本文芸社)、『始皇帝 中華統一の思想―「キングダム」で解く中国大陸の謎』(集英社新書)、『教養として学んでおきたい三国志』(マイナビ新書)などがある。


紀元前246年、13歳で即位し、史上初めて中国を統一して500年の争乱の歴史に終止符を打った秦の始皇帝。歴史に残るその戦いと数々の偉大な功績、また謎に満ちた生涯、始皇帝を支えた多くの忠臣を、最新研究をもとに図解、イラストを交えてわかりやすく解説する。人気マンガ『キングダム』でも脚光を浴びた「始皇帝」の人物像と中華統一や数々の偉業の謎と軌跡に迫る。

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