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【海外女子サッカー】3倍成長の英プロリーグから渦中のアフガニスタンまで「女子サッカーにしかできないこと」

コロナ禍を経て2年ぶりにリアル開催となったサッカー業界のグローバルカンファレンス「ワールドフットボールサミット」。パンデミックを受け「堅実な成長」へ向けた議論が多くなされた中、意欲的な取り組みとして特に目を引いたのが欧州女子サッカーの成長と、アフガニスタンでの女子サッカーの発展だ。バルセロナ在住の渡邉宗季氏にレポートしてもらった。(取材・文=渡邉宗季)

社会課題解決のエンジンに

「コロナ禍を経て、堅実な成長をしていこう」という内容が多かった今年のワールドフットボールサミット(World Football Summit:WFS)。しかし2年前、パンデミック以前のWFSでは景気の良い話が多かった印象だ。

アトレティコ・マドリードの会長はバルセロナやレアル・マドリードに追いつこうとするクラブの成長戦略を語り、中国系企業やアフリカサッカー界は自分たちの市場がいかに魅力的であるかを説いた。コロナ前から高騰する移籍金、潤沢な資金のあるオーナーを後ろに抱えるクラブとFFP(ファイナンシャル・フェアプレー規則)のせめぎ合いは常に話題だった。

その反動からか、今年のWFSはやや控えめな発言も多かった。「成功を収めた私はアフリカでは英雄のように扱われる。国によってサッカーの価値が異常なほど高まることもあるが、あくまで私はサッカー選手だったに過ぎない」と述べたのは、元バルセロナの選手サミュエル・エトー(Samuel Eto’o)氏だ。元レアル・マドリードのフェルナンド・イエロ(Fernando Hierro)氏も、「サッカー(ビジネス)が大きくなり過ぎている。サッカーはただの“球蹴り”なんだよ」と笑った。

しかし、ビジネスは社会課題の解決のエンジンにもなる。新しい事業やサービスでより良い社会を実現していけるというのは、サッカーが持つ力のひとつでもある。そんな想いで日々精力的に活動している登壇者たちの姿も、確かに壇上にあったことは強調しておきたい。

観客動員急増の英女子サッカーリーグ

例えば、欧州では女子サッカーのムーブメントが起こり、今まさに人気が出てきたところ。しかし、まだまだ認知されることが重要な段階だと言うのはDAZNのアルベサ・カストラティ(Arbesa Kastrati)氏だ。イングランドでは以前のセミプロ的なリーグから2011年に完全プロリーグとなるFA ウイメンズ・スーパー・リーグ(FA Women’s Super League:WSL)へ移行し、ファン獲得と育成に力をいれてきた。

パンデミック前の2019/20シーズンには、開幕戦となるマンチェスター・シティ対マンチェスター・ユナイテッドの女子初のマンチェスター・ダービーに3万人を超えるファンが駆けつけた。その2ヶ月後に行われたトッテナム新スタジアムでのアーセナル対トッテナムのノースロンドンダービーでは、3万8,262人という過去最高の観客動員を記録。リーグの前年度までの最高観客数は5,265人で、大幅な記録更新になった 。

過去2年だけ見ても、2018/19シーズン(11チーム)の平均観客数は1,010人で、全20節の観客数合計は22万2,284人。翌2019/20シーズンは、平均観客数が3,401人と前期比約3倍、観客数合計も51万6,882人と約2.5倍にも達した。同年はリーグ参加が12チームに増えたものの、パンデミックの影響で各チーム10〜14試合の開催にとどまった。これらの要因も加味すると、驚くべき成長曲線を描いていたのがわかる。

こういったWSLの成功の鍵には破格のプロモーション作戦があった。マンチェスター・シティはチケットを7ポンド(1,000円)ほどで販売し、さらに子供3名までを同伴可能にした。チェルシーに至っては チケット4万枚を無料で配布。トッテナムはシーズンチケット保有者は男女どちらの試合も観戦可能とした。まずは認知され人々の生活の一部になることで、後々に大きな加速をつけるのだとWSLや各クラブは理解していたようだ。

「女子サッカーにしかできないことがある」

2019年3月に行われたアトレティコ・マドリード対バルセロナのスペイン女子リーグでは観客が6万人を越すなど、イングランドだけではなく欧州女子サッカー界の成長は目を見張るものがある。しかし、現状、欧州の女子トップリーグは全試合の40%程度しか放映されていない

そんな背景の中、DAZNが女子チャンピオンズリーグの放映権を2025年まで獲得したのは意義深い。さらに最初の2年間はYouTubeでの無料放映も決定した。WSLと同様にまずは認知され、視聴者の生活の一部に入り込むことが重要ということだ。

各クラブでは、男子チームの認知度とブランド力を活用することも一つの戦略になる。既存のファンベースや蓄積されたデータといったリソースを用いれば、効率的に成長できる。男女両チームを所有するクラブも増えており、その割合は現在欧州クラブ全体の46%にものぼる。

一方で、男女のサッカーを比較することに疑問を呈したのは、女子サッカー発展のために活動をするN3XT Sportsのアリアナ・クリショーン(Arianna Criscione)氏だ。彼女曰く、どちらもサッカーであることに違いはないが、それぞれの役割と影響力は異なるという。

それでは、女子サッカーの存在意義はどこにあるのか?

リーガ・メキシコ(Liga MX)の女子サッカー担当ディレクター、マリアナ・グティエレス(Mariana Gutierrez)氏は「女子サッカーにしかできないことがある」と述べる。リーグでは女子サッカーを通し、女性ならではの社会的意義を視聴者へ訴え、特に若年層へのアプローチを重視している。

欧州での成功例であるバルセロナの女子チームは、毎試合4,000枚のチケットが完売し、女子チームだけのスポンサーもつく。町の女の子たちは当然女子チームのユニフォームも着る。いわば女子サッカーは、今まで以上に多くの選択肢をファンに与え、より身近な存在になっているともいえる。

一方、単なるスローガンとして女性の社会進出や平等を訴えるだけではいけない。データを活用し市場のポテンシャルをしっかり見極め、着実にファンを増やす。そして継続的に認知を高めることも重要だと登壇者たちは気を引き締めていた。

アクティビストが変えるアフガニスタンの女子サッカー

アフガニスタンの女子サッカーの普及に励むカリダ・ポパル(Khalida Popal)氏

今回のWFSで最も反響が大きかったセッションは、アフガニスタンの女子サッカーの普及に励むカリダ・ポパル(Khalida Popal)氏の講演だろう。私と同年代の30代前半の彼女は壮絶な人生を送っている。1996年に難民としてパキスタンに逃れ、タリバン政権崩壊後の2002年にアフガニスタンに戻った。その時に初めてサッカーに出会い、魅了されたという。

サッカー文化さえなかったアフガニスタンで女子チームの発展に努め、2007年に初の女子代表チームが発足。自身も代表チームのユニフォームに袖を通した。その時に多くの人から激励や感謝のメッセージを受け取ったのは「人生で最も輝かしい瞬間」だった。

同国サッカー連盟でも初の女性職員としても働き、以降2,000人以上の少女がサッカーを始める基盤を作った。海外留学の奨学金制度やコーチの教育プログラムも整備し、また女性職員の働きやすい環境も整えた。当初100人ほどいる協会関係者で女性はポパル氏だけだったが、現在では10人以上の女性職員が働く。

タリバン復権という悲劇と、変わらぬ使命感

彼女の努力によってここまで発展してきたアフガニスタンの女子サッカーだが、悲劇が起こる。この9月にタリバン政権が復権したのだ。

根強い女性蔑視の思想が残るタリバン政権では、女性の社会進出の弾圧が起こっており、当然女子サッカーの活動もその対象。関係者は迫害するとさえ脅されている。家の前にはタリバンの兵士が監視している状況で、とてもボールを蹴るどころではない。

そういった女性弾圧の圧力はこれまで以上に増し、活動家(アクティビスト)である彼女はデンマークに活動の場を移すことを余儀なくされている。状況は厳しいながらも声を上げ続けることで母国の状況を改善したい。その使命感が、彼女をWFSの壇上に立たせた理由だった。

私自身、ヨーロッパに来たこの2年間でスポーツビジネスを学び、様々なイベントや講義を聞いてきたが、彼女のような女性活動家や女子スポーツ関連のトピックが多いのにはいつも驚く。私が通ったヨハン・クライフ・インスティトュート(Johan Cruyff Institute:JCI)では、バルサ女子チームの講義もさることながら、2日間の集中講義がまるまる女子スポーツデーということもあった。

登壇者のバックグラウンドも豊富で、クラブ帯同のスポーツドクター、スペインで初めて男子チームの実況を担当した女性アナウンサー、元ニュージーランド女子代表選手でその後起業し女子サッカー発展に従事する企業家、そして女性eスポーツ選手まで多岐にわたる。

学生側も然りで、JCI同級生のエジプト出身の女性は20代前半の若さで卒業後、自らアラブ地域の女性サッカー選手の活動を支援するエージェントを立ち上げた。男性の娯楽に過ぎなかったフットボールは、女性も楽しめるものという段階を経て、今や彼女たちの「生きがい」となっている。

女性にとってもサッカーが生活に入り込み、人生に影響を与えるライフスポーツとなっている。その影響は社会全体にまで行き渡り、今後ますます存在感が増してくるだろうと予感した。

サッカーが生み出す「熱」

今回のWFSを通し、人と人が実際にぶつかり合うことで生まれるサッカーの熱量は凄まじいものだと改めて実感した。有観客のスタジアムの熱狂や選手たちの戦いという競技性だけではなく、サッカーの持つの可能性はコロナ禍を経ても全く衰えていなかった。

WFSのアプリを通して東欧や南米の参加者から私個人にもコンタクトがあった。数少ない日本人に自分たちのサービスや商品を売り込みたい。そんな意気込み溢れんばかりに、半ば強引にプレゼンをしかけてくる。ふと見渡せば、会場の通路や面談ブースなど至る所で世界中のサッカー関係者が、ビジネスチャンスを求め商談をしている。

サッカーが持つ可能性を用いてビジネスの成功を目指す者、クラブの戦力強化を図る者、国の発展を目指す者、女性の社会進出を実現したい者。そこには、オンラインイベントでの画面越しでは感じられない「熱」をぶつけ合う参加者たちの姿があった。コロナ禍で暗いニュースや騒動が多かったサッカー界だが、世界中の人々の熱がある限り、今後も更なる発展が期待できそうだ。

執筆:渡邉 宗季
2019年からバルセロナ在住。Johan Cruyff InstituteでFCバルセロナと提携したフットボールMBAコースを修了、またCENAFE Escuelaにてスペインサッカーコーチングライセンスレベル1取得。その後フリーで活動。教育からフットボールの発展を目指す「New Vida(にゅーびだ)」代表。サッカー文化を広げるためのGlobal Community「CINK Football Square」講師兼運営。

初出=「HALF TIMEマガジン」10月20日掲載
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