100回目の節目に巻き起こった旋風
2018年夏の、金足農業。
2018年夏 。100回という節目を迎えた夏の甲子園に吹き荒れた“金農旋風”。秋田大会から甲子園決勝までの11試合を9人で戦い抜き、その熱風は高校野球の枠を超え、お茶の間をも巻き込んだ。あれから3年、今改めて、あの夏を振り返る。
無印から一躍、主役へ。巨象に立ち向かった9人
2018年夏。史上最多校が出場した第100回全国高等学校野球選手権大会は、結果として「100回」という節目以上に、多くの人の脳裏に焼きつく特別な夏になった。 私はこの夏、某高校野球雑誌のデスクとして、大会終了後の「速報号」を制作することになっていた。
ライター3人、カメラマン3人を現地・甲子園に派遣し、私自身はというと東京に残り、雑誌の司令塔的な役割を担っていたのだ。
デスクという役割の特性上、大会前からある程度「注目校」「注目選手」にあたりをつける必要があったがその意味では、この大会ほど事前に「どこに注目すればいいのか」が分かりやすい大会はなかった。
最大の焦点が「大阪桐蔭の春夏連覇」だったからだ。根尾昂、藤原恭大、柿木蓮、横川凱というのちにドラフトでプロ入りする逸材を4人も揃え、彼ら以外にも山田健太、中川卓也といった実力者が名を連ねる。同年センバツを制し、この夏も甲子園に乗り込んできた「高校野球界の銀河系軍団」は、押しも押されもせぬ優勝大本命だった。
一方、この夏旋風を起こす金足農はというと、大阪桐蔭とは対極のチームだった。秋田大会5試合を選手交代なしの9人のみで勝ち上がるというドラマ性はあったが、そもそも秋田県勢自体が甲子園での優勝経験なし。エース・吉田輝星の存在はもちろん知ってはいたが、恥ずかしながら「地方の好投手」くらいの印象でしかなかった。
その印象が最初に覆ったのが1回戦・鹿児島実業戦だ。吉田はこの試合、地方大会同様に9回をひとりで投げ抜き、奪三振で完投勝利を挙げる。ただ、私が驚いたのはその結果ではなく、彼の投じるストレートの軌道だった。
指先からリリースされたボールが、まさに「糸を引く」ようにキャッチャーミットに吸い込まれる。プロでもなかなかお目にかかれない美しいストレートは、この時点で間違いなく大会ナンバーワンだった。
しかし、1回戦が終わったあとに書いた編集メモを見返すと、私はこうも記していた。
「金足農・吉田のストレートは超一級品。ルックスも良くスター性アリ。ただ球数が多く、制球にばらつきも見える。修正できるか」
金足農は夏の甲子園での勝利自体が実に年ぶり。チームとしての総合力などを踏まえても、その後の躍進を予想することは出来なかった。
そんな風向きが変わったのが、3回戦だ。金足農は2回戦で大垣日大を6対3で下し、吉田も2試合連続の2ケタ奪三振完投勝利。1回戦の好投がフロックではなかったことを証明し、迎える相手がスラッガー・万波中世やエース・板川佳矢を擁する強豪・横浜だった。
初回、横浜は先頭打者・山崎拳登の三塁打を皮切りに2点を先制。金足農は3回裏に吉田が自ら同点2ランを放って同点とするも6、7回と1点ずつを失い、スコアは2対4。 しかし、敗色濃厚で迎えた8回裏に奇跡が起こる。1死二、三塁のチャンスを作り、打席には金足農の6番・高橋佑輔。その初球、高橋が振り抜いたバットから放たれた打球は高々と舞い上がり、そのままバックスクリーンへと吸い込まれた。
逆転3ラン――。実は高橋、この一発が高校生活初の本塁打だった。入学からの2年半、ただの1本も柵越えを放っていなかった男の初アーチが、この場面で生まれたのだ。
こうなると、流れは金足農のものだ。9回表、吉田は万波からはじまる横浜打線を3者連続三振。最後の打者を146キロのストレートで斬って取ると、マウンド上で雄叫びを上げた。
ベスト8進出――。私の編集メモには、この試合のことがこう書かれている。
「6番高橋の奇跡のような本塁打。こういう事が起こると、チームは勢いに乗る。吉田は3試合連続2ケタ奪三振&完投勝利。最後までストレートが衰えない。凄い!」
そして翌日の準々決勝。前日の興奮冷めやらぬ状況で迎えた近江との一戦で、〝金農旋風〞は今大会の最大風速を記録することになる。
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公開日:2021.08.18