100回目の節目に巻き起こった旋風
2018年夏の、金足農業。
2018年夏 。100回という節目を迎えた夏の甲子園に吹き荒れた“金農旋風”。秋田大会から甲子園決勝までの11試合を9人で戦い抜き、その熱風は高校野球の枠を超え、お茶の間をも巻き込んだ。あれから3年、今改めて、あの夏を振り返る。
高校野球に大きな一歩を踏み出させた
先制したのは近江だった。4回表、2死二塁から6番・住谷湧也がライトへタイムリー二塁打。すると金足農も5回裏、1死三塁から2番・佐々木大夢のスクイズですかさず同点に追いつく。
しかし、直後の6回表には近江が4番・北村恵吾のタイムリーで勝ち越しに成功。
その後は吉田、近江・林優樹がお互い1点も許さず、試合は近江1点リードのまま9回裏を迎える。
金足農にとっては前日の横浜戦に続き、敗色濃厚の展開……のはずだったが、なぜか甲子園には不思議な期待感が充満していた。
そして、その予感は的中することになる。2本の安打と四球で、無死満塁――。 打席にはこの日無安打の9番・斎藤璃玖。カウント11からの3球目。近江・林が投球動作に入った瞬間、ランナーが一斉にスタートし、斎藤は右ヒザをつきながら三塁前に絶妙のスクイズを決める。三塁ランナーの高橋は余裕を持ってホームインする。
「同点だ」
おそらく、試合を観たほとんどの人間がそう感じたはずだ。しかし、近江の三塁手・見市智哉が一塁に送球する隙に、二塁ランナーの菊地彪吾はスピードを緩めずに三塁を蹴り、そのままホームにヘッドスライディング。
逆転サヨナラ2ランスクイズ――。 歓喜する金足農ナイン。うなだれる近江ナイン。あまりにも唐突に、劇的に、試合の幕は下りた。
金足農にとっては実に年ぶりのベスト4進出。熱狂は、旋風となって日本中を駆け巡った。
9人で戦い続けた秋田の公立校が、頂点まであとふたつに迫る。しかし、私には懸念もあった。
試合後の編集メモはこうだ。
「信じられない試合。このまま頂点もありえる。ただし、吉田の負担が気がかり。決勝進出を目指すなら次戦も先発させていいかもしれないが、優勝を目指すなら思い切って登板回避もありかもしれない」
この時点で、甲子園での吉田の球数は615。準決勝まで中1日、その翌日に決勝が控えていることを考えると、「投げ過ぎ」なのは明らかだった。
しかし、休養日を挟んで迎えた準決勝、金足農の先発マウンドに立ったのは吉田だった。
この決断を否定するつもりはない。事実、この試合で吉田は強打の日大三を相手に1失点完投勝利。秋田県勢としては第1回大会以来、103年ぶりの決勝進出を決めたのだ。ストレートの勢いは大会前半のそれとはあきらかに違ったが、それでも要所で日大三打線を抑え込んだ。
そして迎えた決勝戦。相手は、優勝候補大本命の大阪桐蔭。吉田ひとりがマウンドを守り続けた金足農に対して、大阪桐蔭は柿木、根尾、横川の3投手でやりくりしながら、危なげなく決勝の舞台にたどり着いていた。
結果論と言えばそれまでだが、この時点で両校の「余力」には雲泥の差があった。
それでも――。
大会中、幾度も奇跡を起こした金足農ナインに、どこか期待してしまう自分がいた。観客も、私以外のメディアもそうだったはずだ。もちろん、大阪桐蔭の春夏連覇も見たい。
どちらが勝っても、歴史的な一戦になる。白熱した戦いになる――。
ただ、試合は思わぬ展開を見せる。甲子園6度目の先発マウンドに立った吉田に、大阪桐蔭の強力打線が襲い掛かったのだ。
初回からいきなり3点を奪うと、4回にも3点を追加。5回には根尾に本塁打が飛び出すなど、一挙6点を奪った。
5回までで132球を投じ、12点を失った吉田はこの回限りでこの夏、初めてマウンドを降りた。
試合はそのまま、13対2で大阪桐蔭が勝利。史上初となる、2度目の春夏連覇で100回目の夏は幕を閉じた。
野球の世界に、たらればはない。吉田が準決勝の登板を回避しても結果は変わらなかったかもしれない。
ただ、3年前の夏、金足農が起こした旋風は間違いなく日本中を席巻し、付け加えるのであれば「熱投」と言われた吉田の投球はのちの「1週間500球以内の球数制限」導入のキッカケにもなった。
一部ではこの制度が「もう二度と、金足農のようなチームが現れない」と批判されることもある。
ただ、本当にそうだろうか。 100回目の夏に起きた奇跡のような躍進劇は、結果として高校野球の世界に確かな一歩を踏み出させた。
それは、日本中を熱狂させることよりも、価値のあることだ。
決勝戦後の編集メモには、こう記されていた。
「ベストな状態の吉田と大阪桐蔭の対決が見たかったのは正直な気持ち。この結果を無駄にしてはいけない。それでもやはり、勝った大阪桐蔭が強かった。金足農も、強かった」
『がっつり!甲子園2021』7月5日発売!
公開日:2021.08.19