野村克也と三冠王を争ったダリル・スペンサー!日本プロ野球にデータ野球を持ち込んだ


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助っ人外国人列伝/アメリカ1960年代編
アメリカ国籍のレジェンドを大特集!今回は1960年代に活躍した懐かしの助っ人たちを紹介する。
「情報野球」を持ち込み日本プロ野球を変えた!ダリル・スペンサー
ダリル・スペンサー
NPB通算7年:(1964~1968、1971~1972)
731試合 打率.275 152本塁打 391打点

「怪物」と「野球博士」の異名を持ち投球の癖を見抜いて快音を響かせた!ダリル・スペンサー
190センチ、90キロと持ち前のパワーを武器にメジャーを渡り歩き、1964年に阪急ブレーブス入りしたダリル・スペンサー。助っ人として長らく在籍していたロベルト・バルボンから正二塁手の座を奪い、1年目から打率.282、36本塁打、94打点と打撃3部門でチームトップの成績を挙げた。
2年目のダリル・スペンサーは野村克也と三冠王を争い、1967年には阪急ブレーブス初のリーグ優勝の立役者になったが、その原動力はベンチで常にメモを取る頭脳プレーにあった。相手投手を研究して緻密なデータにして向き合うダリル・スペンサーの姿勢は、野球は頭脳が必要であることを意識付け、その後の日本球界に大きな影響を与えた。
そんなダリル・スペンサーは1972年に引退し、その後は故郷・カンザス州のNBC球団ブロンコスの監督を務め、NBCワールドシリーズ制覇に導いた。2017年にダリル・スペンサーは死去している。
出典:『がっつり! プロ野球』
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