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全国に数十万もある寺院を見張るために江戸幕府が行ったこととは?

幕府が仕事を減らそうとしたから

大きな寺院で修行を積んだ僧が、そこで学んだことを伝えようと地方に寺院を建てた場合、大寺院に対してその寺院のことを末寺と呼びます。また、末寺に対して大寺院は本山となります。末寺からさらに末寺ができますと、もとの大寺院は大本山または総本山となります。ただし、こうした呼称は宗派によって使い方が異なります。大本山の上に総本山をおく宗派もあれば、大本山だけという宗派もあります。このような本末制度は中世には成立していましたが、厳密なものではありませんでした。創建当時は本山と密接であっても、何代も続くうちに疎遠になることもありますし、宗派が変わってしまうこともあるからです。

これに対し、江戸幕府は寺院ごとに本山・末寺関係を明確にするよう命じました。戦国時代には大寺院が大名に匹敵するほどの武力をもったことから、江戸幕府は寺院を厳しく管理しました。しかし、全国に数十万もある寺院をことごとく見張り、命令を通達するのは、幕府といえど不可能です。そこで寺院の本山・末寺(「本末」と略す)のネットワークを利用することにしたのです。

まず本末寺帳という本末関係を明らかにした帳面の作成を各宗派に命じ、全国の寺院の実体を把握しました。さらに各宗派ごとに江戸に触頭となる寺院の設置を義務づけ、各種の命令・通達はこの触頭〈*〉を通じて行なうことにしたのです。命令・通達は触頭から総本山・大本山に伝えられ、そこから本末関係を通じて末端の寺院まで届くというわけです。これによって幕府は、まんまと仕事を減らすことができたわけです。

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 仏教』
監修: 渋谷申博

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公開日:2021.08.30

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