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まごにも衣裳の「まご」は「孫」ではなく、濡れ手であわの「あわ」は「泡」ではないって本当?

濡れ手であわの「あわ」は「泡」ではありません

日本語には様々な諺ことわざや慣用句があります。まさに言い得て妙、というものが多いことに、あらためて驚くのではないでしょうか。しかし、言葉で聞いてわかったつもりになっていても、いざ書こうとすると勘違いしていることもまた、多いのです。「濡れ手であわ」という慣用句もそのひとつです。濡ぬ れた手で泡を掴つかもうとしても、消えてしまうことから、いくら努力しても実らない、という意味ではありません。「濡れ手にあわ」は「泡」ではなく「粟」が正しいのです。粟はイネ科の一年草で五穀のひとつに数えられることがある穀物です。濡れた手で粟をつかむと、手に粟粒がたくさんつくことから、苦労しなくても多くの利益を得ることを表現した言葉です。

同じように「まごにも衣装」の「まご」は、「孫」ではなく「馬子」です。「孫はどんな衣装を着ても可愛い」という意味ではなく、ちゃんとしている衣装を身につければ、誰でも立派に見えることを表す言葉です。また「馬子」は馬の子ではなく、荷物や人を運ぶ馬を引くことを職業とする人のことです。古くから存在しましたが、商品流通が活発になった室町時代には職業として確立され、各地で商品の運搬をしました。江戸時代になると、馬子の数もさらに増えますが、今では消えてしまった職業です。

もうひとつ、書き間違いが多い諺に「袖振り合うもたしょうの縁」があります。「振り合う」は「触ふ り合う」とも書き「すり合う」とも言いますが、「多少」ではなく、「多生」の縁です。「多生」は仏語で、何度も生まれ変わるとことで「他生の縁」と書いても間違いではありません。知らない人と道で袖が触れ合うようなちょっとしたできごとも、前世からの深い因縁であるという意味です。このように聞いただけではどんな漢字で書くのかわからないものも、意味を知れば書き間違えることはなくなります。

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 大人のための日本語と漢字』
監修:山口謠司

「ニッポンとニホン使い分けは?」、「なぜ緑色なのに青信号?」「十二支の本当の意味とは?」、「間違って使うと恥ずかしい敬語は?」日本語と漢字にまつわる、とことん面白くてためになる話。単なるうんちくにとどまらない、使える日本語、生きた日本語から、日本人が覚えておきたいしきたりや文化、マナーまで幅広く紹介。図解でよりイメージができ、面白いほどかんたんに、日本語の興味深い「なぜ」と、正しい日本語の知識が増える1冊!

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