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BCリーグ→NOL・福井で土台を構築!2年目の来季、竜の外野戦争に参戦か!?濱将乃介/中日ドラゴンズ

Text:小林雄二

BCリーグ→NOL・福井で土台を構築!2年目の来季、竜の外野戦争に参戦か!?

⚫︎中日ドラゴンズ
濱将乃介

根尾より、投げられていたと思う

興味を持ったら、挑戦してみる。ここでご紹介する濱将乃介はそんな人だ。小さな頃から好奇心が旺盛で、5歳で軟式野球チームに入ったほか、テニス、サッカー、水泳、さらにはボクシングジムにも2年間通ったという。そのどれもを途中で中断せざるを得なかったのは、野球と同じく土日に試合があったから。ただし、期間の長短はあれど、幼少期に多くの競技に挑戦し、のめり込んだことによって身体能力が磨かれたであろうことは想像に難くない。

小学生時代は短距離のみならず、長距離を走らせても早かったうえに肩の強さも突出。現在、チームメートとなった根尾昂が小学6年生の時にソフトボール投げで90m弱を記録したという逸話は有名だが、濱将乃介は「僕の小学校は校庭が狭すぎてプールまでは75m。(その)プールを余裕で超えていってたから、根尾より投げられていたと思う」という鉄砲肩は今も変わらぬ大きな武器だ。

なんで俺がプロに行かれへんねん…

中学時は大阪の名門「枚方ボーイズ」に入り、小園海斗(報徳学園→広島)、藤原恭大(大阪桐蔭→千葉ロッテ)らとプレー。2年からは「大阪福島リトルシニア」に移り増田陸(明秀学園日立→巨人)、野村大樹(早実→ソフトバンク)らとプレーした。なかでも濱将乃介は中学3年の段階では本来の右投げにくわえ、小学3年生の頃から父・実さんのススメもあって(※理由は「体のバランスをよくするため」だとか)左で投げる練習としていたこともあり、左投げで120キロを記録するなど“スーパー中学生”として名をとどろかせ、『ビートたけしのスポーツ大将』にも出演。当時、阪神の福留孝介、同中日の和田一浩らと対戦するなど、前途洋々の中学生活を送っていたのだ。

当然のごとく全国の強豪校から誘いがくる。そこで“甲子園で活躍して、スカウトの目に留まる”という青写真を描いた濱将乃介は甲子園に出られる確率を考え、山梨の東海大甲府に進学。ところが同校では1年生から試合に出る一方、関西との風土の違いに馴染めない自分もいたようで、いわく「(野球を)やらされている感があった」という高校時代は1・2年次は投手と野手の二刀流、3年からは野手に専念するも結局、甲子園に出場できず。同年のドラフトでは中学時代のチームメートであった前出の4人の名前は呼ばれるも、「濱将乃介」の名前が読み上げられることはなかった。

「中学の時、負けてなかったのに、なんで俺がプロに行かれへんねん…。メチャクチャ悔しかった」というこの時の決断が濱将乃介の分岐点となった。「最短でプロに行くことをめざして(四国)アイランドリーグのトライアウトを受けました。大学、社会人という選択もありましたがドラフト対象になるのが大学なら4年後、社会人なら3年後。アイランドリーグなら1年目(2019年)から勝負できる」。それが理由だった。

ひとつひとつ、武器を手に入れながらも…

ここからの、ひとつひとつの出会いが、濱将乃介をプロの道へと続いていく。その1。高知ファイティングドッグスの駒田徳広監督(現・巨人三軍監督)からは「打席のなかでの考え方、狙い球の待ち方を学び」、その2。2・3年目は吉田豊彦監督からシーズンを通して戦い抜ける体作りの重要性を解かれたことで自主練習後のポール間走を日課に追加。これにより以前は「しんどくて食事も喉を通らないほど」だったという夏場を乗りきる体力を手に入れた。

それでも、プロから調査書は届くもののドラフトで名前を呼ばれることはなかった。あくまでも「ドラフト候補」のままなのだ。「何かを変えなければ…」(濱将乃介)と活動の場を移したのがNOL(日本海オセアンリーグ)。加入した福井エレファンツで濱将乃介が出会ったのが、その3。西村徳文球団会長兼GMとの出会いだ。「西村徳文」といえばロッテ時代、4年連続盗塁王などNPB通算363盗塁を記録した走塁の名手である。濱将乃介は50m5秒9という快足ながら、アイランドリーグ時代の2021年は67試合で盗塁数は10。同年までDeNAのスカウトとして活動した武居邦生(現・NOLスカウト統括部長)いわく「昨年までも、打撃はヘッドを走らせる強いスイングができていてリストに入れていたのですが、盗塁が少なかった」

濱将乃介、福井エレファンツ。内野手

西村も「肩も強いし、打撃もいい。あとはなにか絶対的なものをつくること」と考えた。そこで取り組んだのが“走ること”だ。実際に走らせてみると「無駄な動きが多い」(西村)のが濱将乃介だった。具体的には「右足の使い方。スタートを切るとき、濱将乃介は右足を宙に浮かせて手前に引いて切っていた。それよりも右足を地面に点いた状態で左足を先にセカンド方向に送り出したほうがスムーズにいくんじゃないかと」。その際、西村は「右足のつま先の角度にもこだわってやりました」というのだが、「スライディングは左足ではなく、右足が下」であり、スライディングのタイミングも「審判から見てセーフに見えやすいタイミング」に変更、さらには1・2塁間を無駄なく直線的に走る練習なども濱将乃介に課した。

結果、NOLに移籍した2022年シーズンは出場58試合で実に37盗塁(盗塁成功率.771)。アイランドリーグ時代は3年間で19盗塁(盗塁成功率.655)しか記録できていなかったことを考えると、その進化ぶりがよくわかる。当然のごとく、濱将乃介の進化はスカウトの目にも留まり、同年(2022年)のドラフト、中日の5位指名で「濱将乃介、福井エレファンツ。内野手」の名が呼ばれたのだ。

迎えたルーキーイヤーの今年、一軍出場は叶わなかったが、秋のフェニックスリーグからは外野手に本格挑戦、走攻守に非凡なものを披露した。もともと立浪監督は早い段階から濱将乃介の強肩に注目していた経緯がある。打てて、肩が強くて、内外野が守れるうえに走れる…となれば起用する側としても使いやすい。来季、いきなりの大ブレイクは難しいかも知れないが、濱将乃介のポテンシャルをもってすれば爪痕を残すような活躍、役割を果たす可能性は十分にあり得るだろう。

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