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“謎の病”イップス。センバツ優勝の立役者の投手人生を狂わせたワンプレーとは?

Text:取材:文 馬場遼

これが原因で野球を諦めたケースは数多く、現役プロ野球選手の一部も悩んでいると言われるイップス。治し方がいまだに判明しない“謎の病”だ。昨秋、その病から復活した、いや自ら「進化」して乗り越えた投手がいる。その名は元氏玲仁(もとうじ・れいじ:立命館大:20年4月から社会人野球)という。

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ワンプレーで狂った野球人生・元氏玲仁①「衝撃のリーグ戦“初登板”」

19年10月18日の関西学生野球連盟秋季リーグ戦の最終節。立命館大が同志社大を3点リードした8回裏二死で、立命館大の元氏玲仁がマウンドに上がる。
すると、立命館大側のベンチやスタンドから大きな拍手が送られた。実はこれが4年生の秋にして、リーグ戦初登板。龍谷大平安高時代と比べると、お世辞にも、きれいとは言えないガチャガチャとした投球フォームだった。
だが、そのフォームで2球目に自己最速を更新する147キロを計測。わかさスタジアム京都に詰めかけた観衆を驚かせた。

振り返れば5年前、高校2年生の春に同級生の高橋奎二(ヤクルト)との左腕コンビで龍谷大平安 高のセンバツ初優勝の立役者となった元氏。
しかし、そこからは投手として思うような結果を残せ ず、大学では外野手に転向していた。

実はその背景には甲子園優勝後に発症したイップスがあった。

イップスになってから5年以上の歳月を経て、マウンドに帰ってきた元氏にその真相を尋ねた。


アウト1つしか取れなかった2年夏の
甲子園ではすでにイップスを発症していた

一つのプレーでイップスに

2014年センバツ決勝の履正社高戦で3回途中からマウンドに上がり、5回3分の1を自責点0 という好リリーフを見せて、優勝にも大きく貢献した。
しかし、その直後に落とし穴が待っていた。イップスの原因となったのが、春の近畿大会準決勝の報徳学園高戦。2回裏に2点先制してもらい ながらも、3回表に味方の失策などで3点を奪われて逆転を許した直後だった。
この試合で先発マウンドに上がっていた元氏は、相手打者をなんでもないピッチャーゴロに打ち取り、一塁に送球。しか し、それが悪送球となり、アウトにすることができなかった。このプレーがイップスの最初の原因に なったと元氏は回想する。

「あの場面、僕以外は、守っているのが先輩なのですが、先輩の顔を見られなかったですね。『あっ、 ヤバい』って」

それまでもフィールディングに苦手意識を感じていたが、目立つようなミスはなかったという。初 めて大きなミスを犯して、近い距離を投げる練習を行ったが、「その練習がよくなかったのかなと思 いますね」と裏目に出た。

「スナップスローの練習や腕の使い方を覚える練習でテニスのサーブの練習もやりました。そうして いくうちに、だんだん足を使わないで、上半身だけで投げる練習をしていたので、上と下のバランス が一気に崩れたんです。ブルペンに入ってみたら、全然違う投げ方になっていて、それを修正できな いまま、投げ続けた結果、それが定着しておかしくなりました」

ミスを克服しようと思って練習に取り組んだ結果、泥沼にハマってしまった。イップスを発症する 前は最速で143キロを計測していたものの、夏には135キロしか出なくなっていた。
それでも崩 れたフォームの中でなんとかストライクは入るようになり、夏の京都大会決勝では8回無失点の好 投。打線の援護にも恵まれて、春夏連続の甲子園出場を果たした。

悪夢となってしまった甲子園

そして、夏の甲子園では開幕戦で春日部共栄高と対戦することになった。先発を任された元氏は先 頭打者に安打を浴びると、続く打者が犠打で元氏の前にボールを転がした。元氏は一塁に送球したが、 ベースカバーに入った二塁手の頭を大きく超えていく。

「多分、バントされた瞬間に自分の頭の中でなにかが蘇ったんでしょうね」

イップスの原因となったプレーが無意識のうちに思い起こさせられたのだという。その後も立て直 すことができずに、1回途中5失点で降板。センバツ優勝校が開幕戦で姿を消してしまった。
試合が終わってからは先輩の夏を終わらせてしまった、という責任感で頭がいっぱいだった。宿舎 では同部屋の先輩に対して「ホンマに死にたい」、「ここから飛んでいいですか?」という言葉を発す るほど精神的に追い込まれていた。 新チームで捲土重来を期したが、その後も本来の投球を取り戻すことはできなかった。チームは3年春に甲子園出場を果たしたが、元氏は聖地のマウンドに戻ることなく、高校野球生活を終えた。

ーー次回【ワンプレーで狂った野球人生・元氏玲仁「一時的のつもりで野手転向」】へ続く

(初出:【野球太郎No.033 2019ドラフト総決算&2020大展望号 (2019年11月27日発売)】)

取材/文:馬場遼(ばんば・りょう)
1994年生まれ、滋賀県出身。高校の野球部監督だった父の影響で野球を始める。中学時代には岩見雅紀(楽天)と対戦したことも。大学ではスポーツ新聞部に所属し、現在は野球、陸上などの専門誌に寄稿するフリーライター。

【書誌情報】
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