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理論物理学者/松尾衛が説く「身体を止めて打つ」テニスを上達を促進させる方法とは!?【新装版 勝てる!理系なテニス】

「動くもの」を極力減らすのが腕の見せどころ

●松尾衛/理論物理学者

これまでに、たくさんの方のDVDや本を見てきたとお話ししましたが、他競技についても研究しました。買いあさった大量の教材を自分なりに共通点や相違点の観点から分類していくうちに、「この人の言っていることには一貫性がないな」と気付き始めるのです。ところが、田中プロの話はすべて一貫している。なので、「この人だけは信用できる」と思ったわけです。

それと、ほかのコーチの理論は「どう動かすか」がメインです。田中プロは真逆で、「どう動かさないか」でした。「足のここを止めてください」「腕のここを止めてください」といった感じで。これが実は、物理学に通じるのです。物理学者のプロか、プロでないかの境界線のひとつは、複雑に動くものの中から「動かないものはなにか」を見つけることだと思っています。もっと言うと、テニスはいろいろな部位が複雑に動いてはいるのですが、その中で意識的には止めたほうがうまく打てる身体の箇所がある。それを一貫して強調していたのは、私が知る限りでは田中プロだけです。

物理学者が、複雑な現象をどう捉えるか、それに似ていますね。いろいろな立場があっていいと思うのですが、理論物理学者は極力、動くもの、「パラメーター(やること)」を減らすのです。そして、どう減らすかが腕の見せどころです。

例えば、手首から先の動きを限定し単純化した途端、理論物理学の洗練された手法がたくさん使えるようになります。反対に、手首や肘を大きく動かしたり、単純化しないままに身体運動を解析したりすると、めちゃくちゃ複雑な式が出てくる。人間の手には追えなくて、コンピューターなどの力を借りることになります。そう、動きが複雑になればなるほど、頭では正解を出せない。なので、身体の動きをものすごく制限する。動きをものすごく単純にする。つまり、「どう動かすか」よりも「どう動かさないか」がうまくできたときに、「わかった!」と叫ぶ。動きを、2つか3つに限定したときに、「なにがいちばんよいのか?」を感じ、「わかった!」となるのです。

だから、巷で流行りの運動連鎖は、天才やセンスのいい人の上達法です。運動を連続で行ないながら正解を出すのは、ほとんどの人にとって難しいのです。運動連鎖は教科書的発想であり、現場からは遠い存在なのかもしれません。

となると、通常のテニスを教えている所では、物理学から見ると難しい上達法で教えていることになります。決して間違いではないのですが、多くの人にとって最短でうまくなる方法とは言えない。なので、私自身も、とにかく身体の動きを止めて、止めて、止めて、動かす箇所を限定して、わずかなパラメーターを動かすことで上達を促進させてきたのです。

木材を美しい曲面に削るとき、職人さんはカンナで上から下までズバッと一気に削ります。それで、きれいなリボンのような削りかすが出る。でも素人が、いきなりカンナで木材の上から下までズバッと削ったら? ガタガタになるに決まっているのです。カンナを使い、美しい曲線を木材に出すには、それなりの年数がいる。いわゆるプロの技がなければダメなのです。

ウィークエンドプレーヤーが運動連鎖でテニスを上達させるのは、カンナで木材をきれいに削るようなものなのです。下半身から上半身までを、ズバッと一気にきれいに動かす。達人の動きです。これが、いかに難しいか、この大工さんを例に出すとわかりやすいのではないでしょうか。もちろん、両方使えるほうがいいのはわかっているのですが……。だからこそ、これだけ多くの方が、「なかなかうまくならない……」と悩み続けているわけです。

ウィークエンドプレーヤーは、ヤスリでちょこちょこ削る。木材の上から下までをズバッとカンナで削るのではなく、狭い1カ所に限定して、ちょこちょこ削る。ヤスリは本当に1カ所に限定して削りますからね。その削り方が板についてきたら、初めてカンナに挑戦してみる。このプロセスでテニスを上達させるのが、ウィークエンドプレーヤーには効果的だろうと考えます。

ミクロとマクロと対比されることがありますが、物理学者も「ヤスリをかける」のと「カンナをかける」のは、常に両極端のものとして並行して行ないます。同時進行でやるもので、どちらかが抜けるとダメ。少なくともテニスのメソッドは、カンナ側の理論が大半でした。本来はカンナ理論とヤスリ理論がバランスよく相補的であるべきなのですが。

もちろん、カンナで削るなと言っているわけではありません。理想の理論、教科書、バイブルは必要であり、そこを目指すことも大切です。でも、それ以上に大切なのが現実論。「現実的にできるかどうか?」ここが、最も大切なのです。すると、「まずは少しずつヤスリで削るかぁ……」と、小さく確実に結果が得られる方法が必要になる。それが、ヤスリ理論というわけですね。小さく確実に行なうので結果が出やすい。すると自信もつくので、「よしっ、今度はカンナで“ドカッ”と削ってみるか!」と理想にチャレンジしやすくなるわけです。

【ポイント】
小さくとも確実に効果が得られる方法を。まずは「身体を止めて打つ」こと。

『新装版 勝てる!理系なテニス 物理で証明する9割のプレイヤーが間違えている〝その常識〟!』
著者:元オリンピック&日本代表コーチ 田中信弥
理論物理学者 松尾衛

元オリンピック&日本代表テニスコーチと気鋭の物理学者による常識を覆すテニス理論、指南書。5万人超のウィークエンドプレーヤーが納得した現場理論を、理論物理学で証明した、すべてのプレーヤーのテニスを躍進させる書。「サービズは上から下に打つのは間違い」「テニスは不等式でできている」「身体は動かさずに打つ」など、常識破り、型破りな指導法で結果を出し続ける田中コーチの独自のテニス理論を、理学博士の松尾氏が自ら体験で得たプレーを「物理屋」の観点で解説・証明する―――まったく新しいテニスの本!