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欧州スーパーリーグの「仁義なき戦い」。唯一の勝者は誰か?【#4 そしてバイエルンとドイツが勝利した】

サッカー界がコロナ禍に苦しむ中、今年4月に勃発した欧州スーパーリーグ問題。ビッグクラブの野望は頓挫しつつあるが、UEFAや各国のサッカー協会、抗議の声をあげたサッカーファンは、必ずしも勝利を収めたわけではない。スポーツとマネーの問題にいち早く着目し、『サッカー株式会社』や『億万長者サッカークラブ』などの書籍も手がけてきたジャーナリストの田邊雅之氏が、ESL問題の歴史的文脈と意味、そして知られざる唯一の勝者を改めて総括する。

色あせたかつての名門クラブ

ESLは欧州サッカーが抱える数々の問題や矛盾を白日の下にさらしたし、クラブ、運営団体、そしてファンのいずれもが真の勝者ではないことを明らかにした。

だが数少ない例外が存在しないわけではない。ESLへの参戦表明をしなかったクラブだ。

G14の設立に名を連ねていて、今回のESLに関わらなかったクラブはオランダのアヤックスとPSV、フランスのPSGとマルセイユ、ドイツのバイエルンとドルトムント、そしてポルトガルのポルトである。

むろんこれらのクラブに関しても、置かれた事情は微妙に異なる。

たとえばオランダ勢は欧州の古豪ではあっても、かつてのような輝きを失っている。選手の顔ぶれやファンベースを見ても、今日のビッグクラブには及ぶべくもない。ポルトはポルトガルの名門だが、やはりビッグクラブとの格差は開いている。

フランス勢ではマルセイユの凋落が著しい。アメリカ人オーナーを迎えたまでは良かったもののクラブはスケールアップするどころか伸び悩み、新たな買収説さえ流れ始めた。

PSGを巡る謎

ならばPSGはどうか。生粋のパリジャンで、現地のサッカー事情に精通している識者は、匿名を条件に忌憚のない意見を述べてくれた。

「もともとフランスの人間は、アメリカの匂いのするものを本質的に嫌っている。ましてやこの街の人間は自尊心が強い。いかにPSGが潤うといっても、アメリカ資本主導のリーグ構想に名を連ねたりすれば、誰もが愛想を尽かすのは目に見えている。そこはG14とESLの大きな違いだ。

またPSGはカタールの広告塔として、巨額のサポートを受けている。当然、運営資金には困らないし、ESLに名を連ねるのは政治的にもリスクが大きい。カタールは来年、W杯の開催を予定している。そこに照準を合わせてカタールという国家のPRを代行しているクラブが、UEFAやFIFAに楯突くような真似をするわけがない」

そして浮かび上がる唯一の勝者

こうして考えてくると、唯一の勝者は自然に浮かび上がってくる。

それはブンデスリーガ勢、とりわけCL優勝6回を誇るドイツサッカー界の巨人、バイエルン・ミュンヘンである。

ドイツの『デア・シュピーゲル』誌が報じたスクープによれば、バイエルンはドルトムントやPSGと共にESLへの参加を正式に打診されていたが、いずれもこれを拒否。バイエルンのCEOであるカール=ハインツ・ルンメニゲと会長であるヘルベルト・ハイナーは、次のような共同声明を出している。

「欧州のクラブが素晴らしい、そして感動的な大会、すなわちCLに参加してUEFAと共に大会を発展させていく。これはFCバイエルンの願いでもあり目的でもある。FCバイエルンはスーパーリーグに『ノー』を表明する」

かくも断固とした態度を取った背景には、制度的な裏付けもある。「50+1%ルール」と呼ばれる規定だ。ドイツサッカー界では、各クラブが議決権の過半数を保持しなければならないという原則が定められている。これが外国人投資家による買収の防波堤として機能してきたことは、改めて指摘するまでもない。

「朝食が喉に詰まりそうになったよ」(ルンメニゲ)

ただしバイエルンの上層部では、次のような読みも当然のように働いていただろう。

・各国ファンの反応まで見越した上で、ESLの設立は無理筋だとする冷徹な判断
・ESLに毅然とノーを突きつけることで、欧州サッカー界における自分たちのクラブの発言権や影響力、クレディビリティ(正当性)がさらに高まるという政治的な思惑
・ESL設立という博打をしなくても十分に採算性は確保していける、クラブの健全経営が維持していけるという打算

バイエルンは押しも押されもせぬ欧州の名門でありながら、負債を抱えていない数少ないビッグクラブとして知られる。たしかにドルトムントも、ブンデスリーガを代表するクラブだし、とりわけファンエンゲージメントの充実度は特筆に値するが、獲得したトロフィーの数や財務の安定感では、さすがに対抗できない。

しかもバイエルンはPSGやマンチェスター・シティ、あるいはチェルシーのように、億万長者のオーナーに支援を受けているわけでもない。彼らが拠り所にしているのはバランスの取れた収益構造と手堅い経営判断(借金をしてまでスーパースターを獲得するような愚行を避ける賢明さ)である。

ESL絡みでバルセロナが巨大な負債を抱えていることが報じられた際、ルンメニゲは記者の質問にこんなふうにおどけて答えたという。

「私は朝食を取りながら、バルセロナの負債に関する記事を読んだ。(朝食が喉に詰まって)あやうく窒息しそうになったよ」

ドイツモデルの例外性

バイエルンは2005年にアリアンツ・アレナを新設。3億4600万ユーロの建設資金を25年かけて返済する予定を組んだ。驚くなかれ、彼らはこの負債を16年も前倒しで完済してしまっている。

厳密に述べれば、このような堅実さはバイエルンだけの特徴ではない。そもそもブンデスリーガは他国のリーグに比べて、赤字を抱えているクラブの数がきわめて少ない。

サッカークラブの経営モデルは、チケット収入、スポンサーシップ、TV放映権、マーチャンダイズ(グッズ販売)などを主な柱としているが、ブンデスリーガはプレミアやラ・リーガ、セリエAに比べて、放映権料が全収益に占める割合が最も低い。

それでいてチケットの値段も抑えられているため、1試合あたりの観客動員数では他を圧倒。唯一、4万人台を記録している。欧州サッカー界の「優等生」と評される所以だ。

むろんブンデスリーガは完全無欠ではない。

国内リーグではバイエルンの一人勝ちが続いているし、放映権料への依存の低さは、グローバルなマーケティングで出遅れた結果でもある。またバイエルンやドルトムントなどを別にすれば外国人のスター選手が少なめで、地味なリーグだともされてきた。

だが、この種の地味さは母国のタレントを育てる素地となり、ひいては代表の強化にも貢献してきた。バイエルン、ドイツ協会、代表チームを結ぶトライアングルの強固さは、他に類を見ない。

そして何より、合理的で堅実な運営は「有事」に強い。

地味で真面目な優等生は、「平時」にはなかなかスポットライトが当たらない。むしろ脚光を浴びるのは、借金覚悟でのるかそるかの大ばくちを打つような連中だ。

だがコロナ禍のような荒波を乗り越えられるのは、身持ちの堅いクラブである。右肩上がりの成長を前提にしてきた面々は、逆にイソップ童話のキリギリスの如く窮してしまう。

とは言え、コロナ禍はあくまでも一つの「契機(きっかけ)」であって「根因」ではない。懐具合が苦しくなったクラブがESL設立をぶち上げたのは、それまでのビジネスモデル自体に無理があったからに他ならない。近年のサッカー界では、資産価値の高いビッグクラブほど抱え込んだ負債も大きいという、皮肉な現象が常態化していたことはご承知のとおりだ。

さらに述べれば、放映権ビジネスも安泰ではない。プレミアリーグは放映権ビジネスを足がかりに急成長を遂げてきたが、現行の契約はすでに収益性が低いことが指摘されている。

コロナ禍は、チケット販売の落ち込みを放映権料でカバーするという方法論にも疑問を投げかけた。スタジアムに行けないのであれば、試合をテレビ観戦するのが代替案となるが、若い世代はサッカーそのものに興味を示さなくなってきている。

いずれにしても王冠の形をした謎のウイルスは、我が世の春を謳歌していたはずのサッカー界の頭上に、不吉なダモクレスの剣が吊り下げられていることを明かしたのである。

ポストESL、ポストコロナ時代の欧州サッカー

欧州サッカー界は、これからどこに向かうのか。

ESLに関しては、すでに大勢は決したと見ていいだろう。レアル・マドリー、バルセロナ、ユベントスは撤回を表明していないが、UEFAとのせめぎ合いは完全に形勢が逆転。懲戒処分は不当なものだと、必死に抗議を行っているのが実状だ。

一方、コロナ禍については、相も変わらず先の見えない展開が続いている。ワクチン接種により感染が抑えられたとしても、「コロナ前」と同じ状況に戻れる保証はどこにもない。

ただし、一つだけ確実なことがある。新型コロナ禍の余波が数年単位で続いていくならば、ビジネスモデルの見直しはさらに急務になるという点だ。

それでもビッグクラブは、しぶとく生き残っていくかもしれない。サッカービジネスで金を儲けなくてもいいクラブ、すなわち中東のオイルマネーや国家予算、あるいはスーパーリッチな億万長者のポケットマネーを当てにできるクラブもさほど心配はしなくていい。

だが中小の経営規模で借金を抱えているクラブは、目も当てられない状況になる。これらのクラブが淘汰されていけば、欧州サッカー界の勢力図が塗り替えられていくのではないか。

ESL問題でも論陣を張ったリネカーは、現役時代、イングランド代表としてプレー。W杯イタリア大会の準決勝で敗れた後、有名なコメントを残した。

「サッカーは単純なスポーツだ。22人の男たちが90分間ボールを追い掛け、そして最後にはドイツが勝利を収める」

長期的に見た場合、同じことが欧州サッカー界全体で起きる可能性は否定できないように思う。

たしかにドイツ代表は、EURO2020の決勝トーナメント1回戦でイングランドに0−2で屈した。このままイングランドが約半年ぶりに国際大会で優勝を遂げれば、サッカーの母国とプレミアリーグは改めて脚光を浴びるのは間違いない。

一方、ドイツ代表はW杯ロシア大会でもグループリーグで沈むなど、世代交代の谷間に陥っている。またブンデスリーガの場合は、収益モデルのバランスの良さ(入場料収入/入場者数の多さ)が、コロナ禍を受けて諸刃の剣になる危険性もある。

だが、選手獲得費用の返済に追われないメリットは限りなく大きい。

コロナ禍が収束に向かい、サッカー界が少しずつ平時に回帰していっても、経済的なダメージはボディブローのように体を蝕んでいく。EUROは欧州サッカー界のレベルの高さとバイタリティ、そしてサッカーという競技の楽しさと奥深さを改めて印象づけたが、当面、各国のクラブチームやリーグは肩で息をしながら、ようやくピッチに立つような状況が続くだろう。

ところが、ふと目を転じると、ドイツのクラブチームやブンデスリーガだけは、さほど疲れなど感じさせず、コロナで荒れたピッチ上をやたらと元気に走り回っている……。私はEUROの熱戦を堪能しながら、そんなグロテスクな近未来を幾度となく夢想した。

日本に突きつけられた課題

ESLの一件は、日本にとっても対岸の火事ではない。

まず欧州サッカー界の動向は、日本サッカー界にも密接に関係している。近年、日本代表は欧州の代表チームとフレンドリーマッチを行うことが難しくなった。これはUEFAがネーションズリーグを創設した直接的な結果である。

ESLを巡る議論は、日本のスポーツビジネスの未来を考える上でも興味深い。日本は降格や昇格制度が存在しないアメリカ型の運営モデル(プロ野球)、降格昇格が存在する欧州の運営モデル(Jリーグ等)が混在する、独特な地域になっているからだ。

最後は、成長と公平性は両立し得るのかという根源的なテーマ。

スポーツ界であれビジネスの分野であれ、あるいはテクノロジーの開発であれ、社会の発展は一部のビッグクラブや大企業が牽引してきた。だが自由市場の原理に基づく以上、成長の過程では当然のように格差の拡大が生じていくことになる。

日本社会は欧米に比べればはるかに均質だし、ビジネス界でもスポーツ界でも極端な強者は存在しない。むしろ全体のバランスを保ちながら、パイを少しずつ拡大させてきた。

しかし、それが故にこそビジネスにおいてもスポーツの分野においても、世界に対抗していくのが難しくなってきているのも事実だ。

はたして日本のスポーツ界は、成長と公平を両立させる独自のモデルを確立できるのか。揺れ動き続ける欧州サッカー界は、我々にも多くの課題を突きつけている。

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