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「なぜ日本はオリンピック一択?」 カーリング本橋麻里が国際舞台で感じた、価値観の違いと真のダイバーシティ

社会の動きと同様に、スポーツにおいてもジェンダー平等やダイバーシティというテーマについて議論されることが一般的になってきた。若い頃から世界の舞台で活躍してきた一般社団法人ロコ・ソラーレ代表理事の本橋麻里さんに、日本のスポーツ界における課題やこれから目指すべき未来に関して話をうかがった。(取材・文=小林謙一)

男女平等の取り組み 「スポーツは遅れている」

――スポーツとジェンダーに関しては、以前に東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗氏が、女性蔑視の発言で会長を辞任するという事態を招きましたが、率直に本橋さんはどのように感じましたか?

ジェンダーについて考える、いいきっかけになったのではないでしょうか。

実は、スポーツの世界ではジェンダーギャップが当たり前だったりするんですよね。それは、スポーツは男女別に競技が行われることが多くて、ギャップを埋めるという発想が起きにくいという側面があるからだと思います。

カーリングではミックスダブルス(男女混合)という種目がありますが、オリンピックの正式種目になったのは2018年の平昌(ピョンチャン)からで、つい最近なんです。カーリングは接触スポーツではないのでミックスダブルスが可能ですが、競技によっては男女一緒にプレーすることが難しいものもありますよね。

家事や育児は女性でも男性でもできますが、出産は女性しかできません。私も夫に、「1人くらい産んでよ!」なんて言ったこともありましたが…(笑)。これはもう、人間という生物の仕組みだから仕方なくて、女性アスリートがそこで競技から離れてしまうのは避けられません。

ですから、男女で変えられないものを、お互いに、そして社会で補い合わなくてはなりません。さらに、各競技団体などのバックアップも必要です。

単純に比較はできませんが、企業などの男女平等の取り組みに比べれば、スポーツ界は遅れていると思います。それは、労働人口が減少していくなかで、一般企業では一人で何役もこなさなくてはならない状況がすでに訪れていて、男女の別なく能力のある人が活躍する環境が整えられつつあるからではないでしょうか。

そのあたりの嗅覚は、ビジネス界のほうが鋭いですね。

真に必要なのは「適材適所」

日本代表として選手で活躍した後、地元でチームを結成。子育てしながら代表、指導者、そして選手として氷の上に立ち続ける。

――スポーツが発展し、不平等や差別がなくなるようにするには、何が大事になりますか。

スポーツが文化として成熟していくのには、先人が築いてきてくれたものをしっかり引き継ぎ、変えるべきところを変えて、次の世代に受け渡していかなくてはなりません。そのために私がもっとも大切だと考えているのは、「適材適所」ということですね。

ジェンダーを意識するあまり女性だけを優遇してしまえば、本当の意味でフェアでなくなる場合もあります。男女比率だけがすべてではないですよね。一過性の平等や対処では、根本からの改善にはならないと思います。

また、世代的な認識の差もあると思います。森さんの発言を「老害だ」という意見もありましたが、世代的な意識は違って当たり前だし、たった一つの発言でその人のすべてを否定してしまうのはどうかと思います。先人たちが頑張ってくれたからこそ、今の私たちがいるのは事実だし、彼らには日本を作ってきたという自信もあるはずです。

私は育児中に、まだ小さな子供を連れて試合の遠征に出かけることもありました。その移動中の飛行機での出来事です。子供がなかなか泣き止まなくて、隣に座っている80代くらいの男性に「すみません、うるさくて」と謝ったんです。すると「いや、いいんだよ。だって子供は宝じゃないか」と仰ってくださったんですね。その言葉に、私はとても救われました。

とはいえ、誰かを蔑視するような発言に違和感を感じるということは、確実に社会も変わってきているということだと思います。そういった意味では、大切なのは「教育」かもしれませんね。

「オリンピックに出なければ、自分の価値なんてない」

――社会の価値観が多様化していくにつれ、スポーツを取り巻く環境も変わってきました。スポーツ界においてダイバーシティを実現させていくには、どのようなことが必要でしょうか?

「個」を認め合うということではないでしょうか。

私は若い頃からカーリングの日本代表として海外での試合にも出させていただきましたが、そこで日本との価値観の違いを感じてきました。

海外選手の中には、大きなお腹でプレーしている妊婦さんがいるんです。そして、出産して3ヶ月ほどすると、またプレーに復帰してくる。当時の日本では、出産を経験してから競技に復帰してくる選手はいませんでしたから、とても驚きました。

彼女たちには、自分の人生を自分でコントロールする力があるんです。そうした価値観に触れてきたことが、私がロコ・ソラーレという法人を作ったきっかけでもありました。

海外では、「日本人はなぜオリンピック一択なの?」とも言われましたね。「世界選手権だって、次のオリンピックだってあるじゃない」と言われて、「オリンピックに出なければ自分の価値なんてない」と思い込んでいた私は、衝撃を受けました(笑)。

価値観もいろいろあっていいんですよね。自分と違う意見を認め合うことが、ダイバーシティにつながります。カーリングは少数のグループ競技なので、「個」を認め合わないと成り立たないんです。

「勝つことだけがスポーツではない」

――ロコ・ソラーレは、試合中によく話し合っていますよね。しかも、笑顔で。それが驚きでもあり、人気にもつながりました。

批判されることもありましたけど、「勝つ」ことだけがスポーツの目標ではなくて、人生を豊かにするツールになっていることが重要だと思っています。選手たちはとてつもないプレッシャーの中にいるはずなんですけど、それを受け止めつつ、自分たちのスタイルを貫くことで結果を出してきましたね。

――スポーツが社会に与えられる影響はどんなものがありますか?

オリンピックというのは、やはり全世界にアピールできる場ですよね。最近では環境問題などが取り上げられて、世界的な流れを作ったりしています。時代を反映して、多くの人に伝えることができます。

そして、感動を共感できる場でもあります。最近までいがみ合っていた国同士の選手でも、戦い終わればお互いに健闘を称え合います。それはしのぎを削ってきた人しかいない場所なので、相手を尊敬できるからなんです。

観ている人も、無条件に感動できますよね。それまでの努力をぶつける純粋な姿は、アスリートの素をさらしていますから、感動しちゃうんです。

日本のスポーツは、これまで体育教育の延長でした。もちろん、それが悪いというわけではないのですが、もっといろいろな価値観で取り組んでもいいんだと思います。そして、実際にいろんなスタイルでスポーツができるように変わってきていますよね。スポーツから得られたものを、自分の人生に反映できていければいいのではないでしょうか。

◇本橋麻里(もとはし・まり)
北海道常呂郡常呂町(現北見市)出身。12歳の時にカーリングを始める。2006年に「チーム青森」のメンバーとしてトリノオリンピックに初出場し7位となり注目を浴びる。2010年のバンクーバーオリンピックにも出場し8位となり、2大会連続入賞。

同年8月、出身地の北見市で新チーム「ロコ・ソラーレ」を結成。2016 年3月に行われた世界選手権にて銀メダルを獲得するなどチームとして成長し、2018年2月のピョンチャンオリンピックでは、日本カーリング史上初のメダルである銅メダルを獲得。選手たちを牽引する姿勢やリーダーシップが注目を集めた。

2018年夏に選手休養を表明し、一般社団法人ロコ・ソラーレを設立し代表理事に就任。2021年2月に選手活動を再開。チーム運営、コーチングを行う傍ら、選手としても氷の上に立ち続ける。

書き手:小林 謙一
企画制作プロデューサー・編集者・ライター。企画の立案から実制作のプロデュース、紙媒体の編集、Webメディアでのライティングなどを主に活動。「面白くて役に立つ」をモットーに制作を手がける。

初出=「HALF TIMEマガジン」
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