20歳の底知れない才能
「世界でナンバーワンの抑え投手が9イニングを投げているようなもの」
コメントの主はダルビッシュ有(パドレス)。さる4月10日、オリックス相手に28年ぶりの完全試合を史上最年少の20歳5カ月で達成し、その1週間後の北海道日本ハム戦でも、8回までひとりの走者も許さなかった千葉ロッテ・佐々木朗希のピッチングを評したものだ。実に的を射たたとえである。
3三振を喫したオリックス吉田正尚のコメントも衝撃的だった。言うまでもなく吉田は昨季のパ・リーグ首位打者で、ことヒットを打つことに関しては、日本でも屈指の技術の持ち主である。昨季の三振26個は両リーグ最少。その吉田は試合後、「接点がなかった」と言って天を仰いだ。
160キロ台のストレートと視界から消えるフォーク。これだけでもお手上げなのに、新人捕手の松川虎生は、吉田に限っては120キロ台のカーブまで投げさせた。こんなピッチングをされたらバントすらできないだろう。完全試合は13者連続奪三振(世界新)、1試合19奪三振(NPBタイ)と記録ずくめだった。
古い記憶が甦った。中学時代に観た作新学院・江川卓のピッチングである。
1973年のセンバツ、初めて出場した甲子園で怪物・江川は三振の山を築き上げた。通算60奪三振は、今も春の甲子園一大会あたりの最多奪三振記録である。
何が驚いたといって、バットがボールに当たるたびに甲子園がどよめくのだ。ファールには拍手が起きた。まるで高校生の中に、プロがひとり混じっているようだった。
よもや、それと同じような光景を、プロ野球で観ることになるとは、夢にも思わなかった。
4月17日の日本ハム戦の8回、結果的にこの試合、最後の打者となった野村佑希の打球は、低いライナーでライト線に飛んだ。振り遅れていたためラインの外に落ちたが、それがこの日、一番盛り上がったシーンだった。
プロ野球の試合で、かつてこんなことがあっただろうか。年がら年中、バットを振っているプロの選手が、ファールを打って拍手をもらったところで、うれしくも何ともあるまい。
それにしても完全試合という「非日常」が「日曜日の日常」と化しつつある現状を、私たちはどう理解すればいいのだろう。
この20歳の底知れない才能をもってすれば、人類初となる日米での完全試合達成も不可能ではあるまい。
※上部の写真はイメージです。
初出=週刊漫画ゴラク2022年5月13日発売号