「二刀流が当たり前の時代」はやってくるのか
約120年の歴史を誇るメジャーリーグでベーブ・ルース以来、104年ぶりのシーズン“2ケタ勝利・2ケタ本塁打”を達成した大谷翔平(エンゼルス)の立ち居振る舞いを見ていると、彼は“球界のバニスター”ではないかと、と思えてくる。
偉業達成直後の取材に対し、大谷は涼しい顔で答えた。
「単純に(投打の)2つやっている人がいなかっただけ。それが当たり前になってくれば、もしかしたら普通の数字になるかもしれない」
二刀流が当たり前になる時代はやってくるのか。その予兆はある。
今年7月に実施されたドラフトでは、レジー・クロフォード(ジャイアンツ)、オーウェン・マーフィー(ブレーブス)という2人の“二刀流”が1巡目に指名され、話題を呼んだ。
もし大谷の活躍がなければ、彼らが「ツーウェイ・プレーヤー」として登録されることはなかっただろう。
さて、ロジャー・バニスターである。英国の陸上選手である彼がいかに偉大かは1999年に米国のライフ誌が選出した「この1000年で最も功績があった世界の100人」のひとりであることからも明らかだ。
他には「東方見聞録」を著したマルコ・ポーロ、新大陸に上陸したクリストファー・コロンブス、相対性理論を発表したアルベルト・アインシュタイン、演劇史上、最大の劇作家と言われるウィリアム・シェイクスピアたちの名前が。
1954年5月6日、英オックスフォード大学近郊で行われた陸上大会の1マイル(約1600メートル)レースで、バニスターは3分59秒4という世界記録をマークし、人類史上、初めて4分台を切る。
それまで「1マイル4分の壁」は「brick wall(れんがの壁)」と呼ばれ、超えられないものの代表例として認識されていた。
バニスターが「3分台は無理」というバイアスを取り払ったことで、ライバルたちも次々に3分台の記録をマークするようになる。これが“バニスター効果”である。
野球の世界においても、大谷が日本で二刀流に挑戦し始めた当初は否定的な声がほとんどだった。無理、無茶、無謀……。多くの者が先入観の奴隷となっていた。「固定観念は悪、先入観は罪」と言っていた、あの野村克也までもが。
その一方で「先入観は可能を不可能にする」と喝破した人物もいる。大谷を指導した花巻東の佐々木洋監督だ。大谷の“球界のバニスター”への道はここから始まったのだ。
※上部の写真はイメージです。
初出=週刊漫画ゴラク2022年9月9日発売号