監督自らのノックの意味
沖縄・北谷での中日キャンプ。中盤にさしかかり、巨人から移籍した中田翔と中島宏之が監督の立浪和義からノックを受けた。
「やっぱり、ある程度年齢がいってくると、ノックさえ受けていればね、技術がある人は。コンディション的なことを考えれば、必要なこと」
と立浪。下半身を強化し、長いシーズンを乗り切ることに主眼を置いたノックだったようだ。
中田も中島も元々、守備には定評がある。中田は一塁で5回、中島はショートで3回、ゴールデングラブ賞に輝いたことがある。
「ノックを受けることで腰の切れがよくなる。バッティングにもいいんだよ」
ある中日OBは、満足そうに、そう語っていた。
監督が自らバットを手にしてのノックには、別の意味もある。「オマエに期待しているぞ」という“無言の激励”が含まれているのだ。
中日は、この10年で9回がBクラス。立浪が監督に就任してからの2年間(22、23年)は、いずれも最下位だ。
不振の最大の原因は貧打だ。昨季は打率、本塁打数、総得点ともにリーグ最低。広いバンテリンドームを本拠地としているため、ホームランが出にくい。
昨季は現役ドラフトで横浜DeNAから移籍した細川成也が24本塁打、78打点を記録する活躍を見せたが、今季は事実上の“2年目のジンクス”に直面する。
立浪は中田に打点を稼げる5番、中島には代打の切り札としての役割を期待しているようだ。
移籍選手への“激励ノック”と言えば、2000年の巨人宮崎キャンプで、長嶋茂雄監督が広島からFAでやってきた江藤智に浴びせた“洗礼”を思い出す。
このノックショーにはシナリオがあった。広島時代、江藤が付けていた背番号は、奇しくもミスターと同じ「33」。その番号を譲るかわりに、自らは現役時代に付けていた「背番号3」に戻る――。ミスターの26年ぶりの「3」見たさに、全国からファンが詰めかけ、南国の地に大フィーバーが巻き起こった。
ミスターが「3」のユニホームを披露してノックバットを持ち、江藤が三塁のポジションにつくと、ネット裏から「この幸せ者!」という声が飛んだ。
「オレは死に球は打ってないぞ、死に球はなっ!」
ライン際を襲う打球に必死に飛びつく江藤。その打球の美しいこと美しいこと。
選手ではなく監督が主役のノックを見たのは、後にも先にも、この時だけである。
初出=週刊漫画ゴラク2024年3月1日発売号