イザナキノミコトを助けた桃の木にオオカムズミノミコトという神の名を与えた
体には無数の蛆(うじ)がゴロゴロと音をたてて這い回り、頭や腹、女陰などからオオイカズチ(大雷)など八種の雷神が生まれ出たところだったのです。イザナキノミコトは慌てて逃げ出しました。
それに気づいたイザナミノミコトは、激怒し、すぐに*1ヨモツシコメ(予母都志許売)たちに命じて、あとを追わせました。
逃げる途中でイザナキノミコトが髪につけていた髪飾りを投げると、たちまち山ブドウの実がなりました。櫛の歯を折りとって投げると今度は筍(たけのこ)が生えてきます。ヨモツシコメたちがむしゃぶりついて食べている隙にイザナキノミコトは逃げ続けました。しかし、八種の雷神と1500の黄泉の軍勢が迫ってきます。
イザナキノミコトは腰に差していた剣を抜き、後ろ手に振り回しながら走り続けました。黄泉の国の軍勢はそれでも執拗に追い迫り、ついに、黄泉(よみ)つひら坂(さか)という黄泉の国と現世との境にある坂道の麓(ふもと)まで追ってきました。
イザナキノミコトは一本の桃の木を見つけると急いで*2桃の実を三つとり、投げつけました。
するとどうしたことか、黄泉の国の軍勢は逃げ帰りました。
イザナキノミコトは、桃の木に感謝しました。
「私を助けてくれたように、葦原(あしはら)の中(なか)つ国(くに)の人々が苦しい目にあい困っているときには助けてやってほしい」
といって、オオカムズミノミコト(意富加牟豆美の命)という神の名を与えました。
*1 黄泉の国の醜悪な女で、死の穢れをあらわす。
*2 古代より、桃の実には霊力があるとされていた。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 古事記』
監修:吉田敦彦 日本文芸社刊
執筆者プロフィール
1934年、東京都生まれ。東京大学大学院西洋古典学専攻課程修了。フランス国立科学研究所研究員、成蹊大学文学部教授、学習院大学文学部日本語日本文学科教授を経て、同大学名誉教授。専門は、日本神話とギリシャ神話を中心とした神話の比較研究。主な著書は、『日本神話の源流』(講談社)、『日本の神話』『日本人の女神信仰』(以上、青土社)、『ギリシャ文化の深層』(国文社)など多数。
古典として時代を超え読み継がれている『古事記』。「八岐大蛇」、「因幡の白兎」など誰もが聞いたことがある物語への興味から、また、「国生み」「天孫降臨」「ヤマトタケルの遠征」など、壮大なスケールで繰り広げられると神々の物語の魅力から、最近では若い層にも人気が広まっている。本書は神話・物語を厳選して収録し、豊富な図と魅力的なイラストで名場面や人物像を詳解した、『古事記』の魅力を凝縮した一冊!
公開日:2023.06.15