日本初のフォークボーラーとなった「フォークボ—ルの神様」!杉下茂

がつプロ変化球大事典〜フォーク&スプリット編〜
変化の仕方から握り、歴史、使い手で全て教えます!
知っているようで知らない、奥深き変化球の世界を「がっつり」掘り下げる。今回は、日本人投手が最も得意とし、海の向こう、メジャーリーグで存在感を発揮するフォーク&スプリットだ。
『フォーク&スプリット』の歴史と現在地
『日本人メジャーリーガーがスプリットの有効性を証明』
フォークボールの発祥は他の変化球同様に細かなことまでは分かっていないが、1919年頃、アメリカのバレット・ジョー・ブッシュという人物によって開発されたと言われている。その後、1950-60年代にかけてピッツバーグ・パイレーツでプレーしたロイ・フェイスという投手がフォークを決め球に使い、野球界に広まったという。ちなみにロイはメジャー通算104勝を挙げているが、当時は一流投手が勝ち星を量産していた時代。この成績は、決して「一流」と呼べるものではなかった。フォークボールが日本に浸透したのは実はメジャーとあまり時間差のない1950年代。明大の杉下茂(のちに中日に入団)は、1948年に当時の監督から伝授されてフォークを覚スたという。その後、プロ入りした杉下はこのフォークを武器に勝ち星を量産する。現在でも杉下は「フォークボ—ルの神様」と呼ばれ、日本初のフォークボーラーとして知られている。

その後、フォークは瞬く間に日本球界に普及。80年代から90年代にかけては特に決め球にする投手が増え、全盛期を迎えた。時を同じくして、アメリカではより握りの浅いSFF(スプリット・フィンガーファーストボール)が誕生。フオークよりも落差はないが球速があるため、多くの投手に重宝された。しかし、90年代に入るとアメリカでは「フォーク、SFFは故障のリスクが高い」という説が一般的になり、投手が投げるのを避けるようになってくる。
一方、日本では相変わらずフォークボーラーが活躍。野茂英雄、佐々木主浩ら、フォークを代名詞とする投手も誕生した。その後、彼らがメジャーに移籍し、フォーク(アメリカではスプリットと混同される)を武器に結果を残すと、その有効性が再びクロ—ズアップされるようになる。日本人メジャーリーガ—には上原浩治、田中将大、岩隈久志らスプリットを決め球にする投手が多く、彼らの活躍が再びフォーク、スプリットに脚光を浴びせている。
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