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球界史上最高の5ツールプレイヤー秋山幸二の年俸は今ならいくら!?

球界のレジェンド今なら年俸はいくら?

今や1億円プレーヤーなど当たり前になった日本球界。もしも、昭和を代表するレジェンド選手たちが現在の日本球界でプレーしたら、いくら稼ぐのか!?妄想企画、スタート!

メジャーに最も近い男の価値は、現代だと!?

球界史上最高の5ツールプレイヤー:秋山幸二
【妄想生涯年俸】
57億1660万円
(年平均2億5985万円)

抜群の身体能力と走攻守3拍子揃ったプレースタイルを武器に、西武、ダイエーでプレーした秋山幸二。球界史上屈指の5ツールプレイヤーは、今なお「メジャーにもっとも近い男」との呼び声高く、時代が違えば間違いなく海の向こう、メジャーリーグでプレーしていた可能性が高い。2002年まで現役を続けていることから、あまり古い印象はないがそれでも1980〜1990年代の選手年俸は今と比較すると雲泥の差。そんな中、打って、走って、守れる男・秋山幸二が現代でプレーしていたら、果た してその年俸はいくらになったのだろうか……。

秋山幸二は1981年に西武に入団しているが、実は「ドラフト外」の選手。今でいう「育成選手」のようなものだと考えてもらえれば分かりやすいだろう。となると当然、年俸額はかなり低い。ここでは360万円に設定させていただいた。それでも1年目から1軍出場を果たすなど、才能の片りんは見せつけた。ただ、秋山幸二の覚醒はまだ先だ。1982年からはアメ リカに野球留学するなどチームからは「育成重視」の方針で扱われる。飛躍の年となったのが1985年。前年、1軍に定着するとこの年はサードのレギュラーを獲得。王貞治に並ぶ史上最年少(23歳)での40本塁打を記録した。


当然、年俸は一気に跳ね上がる。ただ、それまでの成績を見るとベース額は決して高くないので、ここでは800万円から7倍以上増の6000万円が妥当なところか。この年を境に、秋山幸二は球史に残る数字を残し始める。本塁打はコンスタントに30〜40本を記録。さらに、持ち前の俊足でつねに20〜30盗塁も計算できるアスリート型外野手。当然、その年俸は倍々ゲームで上昇するはずだ。

現在であれば、秋山幸二にとってターニングポイントになりそうなのが、1990年オフ。この年までに6年連続30本塁打を記録しており、現在の相場であれば年俸5億円は最低ライン。過去の例を見ると、西武はFA権を取得する選手に対し、その数 年前から複数年契約を打診する傾向が強い。恐らく、秋山幸二に対しても同じ形で複数年契約を打診するはずだ。数字を見ると球界最高年俸は間違いないところだが、ここは球団事情も加味して5年増額30億円と算出。恐らく、少し待ってFA宣言をすれば 日米を巻き込んだ争奪戦になったであろう。

ただ、1990年代後半からは衰えも見え始める。史実ではダイエー(現ソフトバンク)に世紀のトレードで移籍するのだが、ここではあえて、そこにあまり触れずに成績だけを見て妄想年俸を算出する。現在の球界は上がるときは上がるが、落とすとき は一気に落とす傾向にある。晩年の秋山幸二も、恐らく同じような形で年俸ダウンを経験したはずだ。

 

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