スポーツ界の苦い記憶
米国務省のネッド・プライス報道官が、新疆(シンチャン)ウイグル自治区などでの中国の人権侵害を批判した上で、来年2月に行われる北京冬季五輪について、同盟国との間でボイコットを協議したいと発言したことが憶測を呼んでいる。
スポーツ界には苦い記憶がある。1980年モスクワ五輪は、ソ連(当時)のアフガニスタン侵攻を理由に、米国や日本をはじめとする多くの西側諸国がボイコットした。
実はこの時、中国も大会をボイコットしている。79年にベトナムとの間で起きた中越戦争で、ソ連がベトナムを支持したことが理由だった。
その報復とばかりに84年ロサンゼルス五輪は、米国のグレナダ侵攻を理由に、ソ連や東ドイツなど東側諸国がボイコットした。
西ドイツ(当時)のフェンシング選手だったIOCトーマス・バッハ会長も、政治に翻弄されたアスリートのひとり。76年のモントリオール五輪ではフルーレ団体で金メダルを獲得したものの、連覇のチャンスは訪れなかった。
伝統的に米国の民主党政権は「人権」に対し、厳しい姿勢を示す。モスクワ五輪ボイコット時はジミー・カーター政権、そして今日はジョー・バイデン政権だ。3月にアラスカで行われた米中会談では、アントニー・ブリンケン国務長官が中国の人権問題に懸念を示したところ、即座に中国の楊潔篪共産党政治局員が「中国は米国の内政干渉に強く反対する」と反発し、ケンカ別れのようなかたちに終わってしまった。
スポーツに政治を持ち込むべきではない――。誰もが、そう言う。正論には違いないのだが、中国の国内における人権侵害、国外での横暴な振る舞いは目に余る。
08年の北京夏季五輪では、聖火リレーを五大陸で130日間もかけて行い、世界中から顰蹙を買った。リレーコースにはチョモランマも含まれていた。
当時ちょうど、その付近にいたアルピニストの野口健によると<中国の大使館員と思われる人がベースキャンプ付近にテントを張って全部監視していました>(『正論』2021年4月号)。“平和の祭典”でも、<それぐらいやるんです、中国は>(同前)と語っていた。
不毛な対立を生みかねない国家主導の五輪ボイコットを国際世論が支持するとは思えない。しかし、たとえば国家首脳が開閉会式参加を拒否するとか、中国の強権的な姿勢に「NO」を突きつける方法は、いくらでもある。夏の東京五輪で中国の協力を得たい日本は、米中の板挟みのような状況だ。どうにも、もどかしい。
初出=週刊漫画ゴラク2021年4月23日発売号