「オレ、パンチないのかな?」
ドキドキとハラハラこそはボクシング観戦の醍醐味だ。
しかし、モンスターの異名をとる井上尚弥の試合に限ってはドキドキもハラハラもない。とにかく強過ぎるのだ。
もっとも、これは本人のせいではない。試合の興味は、どういう倒し方をするか、相手は何ラウンドまで待つか。
12月14日、東京・両国国技館でWBA10位、IBF5位のアラン・ディパエン(タイ)を迎えて行ったWBA・IBF世界バンタム級防衛戦も、そういう試合だった。
手元に採点表があるが、1ラウンドから7ラウンドまで、すべて10-9のフルマーク。8ラウンド、左フックでダウンを奪い、さらに追撃の左フックを見舞うと、レフェリーが両腕を交錯させた。
8ラウンド、2分34秒TKO勝ち。この日もまた井上は圧倒的な強さでWBA6度、IBF4度目の王座防衛に成功し、自身が持つ世界戦の連勝記録を17にまで伸ばした。
並の選手なら、早いラウンドで倒れていただろう。タイ人は破壊力満点のボディブローを何度も食い、体をきしませながらよく8ラウンド途中まで立っていたものだ。その意味では挑戦者に「あっぱれ!」である。
試合後、井上はリング上のインタビューで「“オレ、パンチないのかな?”と思わせるくらいタフでした。こっちがメンタルやられそうだった」と言って観客を笑わせた。
試合翌日の会見では「常々、勝ち方を言ってきているのに、それをレフェリー頼りにするのはどうかと。(最後はレフェリーに)ああ、止められてしまった……」と、まるでTKO決着が不本意であるかのような発言まで飛び出した。
言うまでもなくボクシングは、同じ階級の者が二つの拳だけで雌雄を決するシンプルこの上ない競技である。世界戦ともなれば、手練れ同士の斬るか斬られるかの闘いだ。
相手に勝利するだけでも大変なのに、28歳は「勝ち方にまでこだわっている」と公言してはばからない。ガッツ石松言うところの“ラベル”が違うのだ。
破格の強打の源泉は、たくましい下半身にある。大橋秀行会長は「普通のボクサーは足が細いが、尚弥は足腰が強く、それがあのパンチ力につながっている」と語っていた。
そういえばストロー級(現・ミニマム級)では強打者として知られた大橋会長も、足はヒョロッとしていた。単発ならともかく、切れ目なく強打を放とうとするとエンジンの役割を兼ねる強靭な下半身が欠かせない。日頃のトレーニングの賜物だろう。まさにローマならぬ“モンスターは一日にして成らず”である。
(初出=週刊漫画ゴラク2022年1月7日発売号)