「ミス推奨」テニススクールの開校
●田中信弥/元オリンピック&日本代表コーチ
●ウィークエンドプレーヤーは遠慮のかたまり
実は以前、アドバイザーをしていたテニススクールのイベントを、「今日は全部のボールをハードヒットしてくださいね。ミスしていいので。それができたら、あなたは信じられないほどの上達を実現できますよ」と言ってスタートさせたことがあります。どうなったか?
まったくハードヒットしない時間が、延々と続いたのです。私としては、「ボールを正しく飛ばす」ということがどれほどテニス上達に直結するかを、どうしても体験してもらいたい。そこで、ミスしてOK! まずはハードヒット全開テニスを見せてもらいたかったのですが……。「ミスしてはいけない」という呪縛、洗脳が、思った以上に深い。誰もかれも、まったくといっていいほどハードヒットしないのです。
にっちもさっちもいかない。で、3面進行だったのですが、真ん中のコートに一度集まってもらいました。ぐるりと45人の参加者を見渡し、「もっと打ってください。まだミスを怖がっています。もっと飛ばしてください、もっとです!」と懇願。すると、びっくりしたことに、「えっ、もっとですか? もう十分に強打していますけど……」と訴えかけてきたのです。
これは困ったな、と思いました。「コートの中にボールを入れなさい」「ミスをしてはいけません」「社会人にミスは許されないのです」というように、完全マインドコントロール状態となっている。そこで仕方なく、「いいえ、いいえ、まだまだ全然、強打なんかしていませんよ。私からしたら、遠慮のかたまりに見えます。あなたはもっと打てます。私は知っています」と言い、それぞれのコートに戻ってもらったあとも、声をかけ続けることにしました。
「もっと打ってください。コーチにぶつけるくらい打ってください。バックフェンス直撃ボールを打ってください」と、3面のコートの隅々まで聞こえる大音量でアドバイス。さらには、コート1面ずつを回り、「まだ、まだ、まだ。もっと打てます、もっとです」と、妥協を許さず強打してもらったのです。
すると、イベント開始から1時間半後、奇跡が起きました。バックフェンス直撃とまではいきませんが、ネット近くでボレー返球していたコーチのラケットを弾き飛ばす勢いで、バンバン、ガンガン、強打で打ち始めたのです。しかも、3面すべてのコートから快音が響き渡る。あたかもそれは、楽器をまともに吹くことさえできなかった吹奏楽部の面々が、熱血教師の激に触れることで、潜在能力を開花。そして最後は、人々を深い感動の世界に誘うほどの力強い演奏を披露。
自らの成長を確信する、ヒーロー物語を紡いだのです。イベントを手伝ってくれたコーチ陣も、ハトが豆鉄砲を食らったような顔。「こんなすごいボールを、自分の生徒さんが打てるなんて……」と、目前で繰り広げられた競演に、ただただ感心するばかり。
忘れられないのが、奇跡を起こした生徒さんの顔です。キラキラしている。もう、満足そのもの。自然と笑顔がこぼれ、「こんなにテニスがうまかったんだ私」「コーチにミスさせるボールが打てた」と、まるで少年少女に戻ったかのように、いつまでも、いつまでも、喜びを爆発させていました。
ミス推奨テニススールができれば、全国のウィークエンドプレーヤーの実力がものすごく伸びることを、私は知っています。
【ポイント】最初は、正しい打ち方でミスを気にせずボールを飛ばす。第二段階は、回転をかけボールをコートに入れる。これが上達への近道。
『新装版 勝てる!理系なテニス 物理で証明する9割のプレイヤーが間違えている〝その常識〟!』
著者:元オリンピック&日本代表コーチ 田中信弥
理論物理学者 松尾衛
元オリンピック&日本代表テニスコーチと気鋭の物理学者による常識を覆すテニス理論、指南書。5万人超のウィークエンドプレーヤーが納得した現場理論を、理論物理学で証明した、すべてのプレーヤーのテニスを躍進させる書。「サービズは上から下に打つのは間違い」「テニスは不等式でできている」「身体は動かさずに打つ」など、常識破り、型破りな指導法で結果を出し続ける田中コーチの独自のテニス理論を、理学博士の松尾氏が自ら体験で得たプレーを「物理屋」の観点で解説・証明する―――まったく新しいテニスの本!
公開日:2021.09.23