天の石屋隠れ
暗闇に覆われる天上界と下界
【八百万の神々が協議し、アマテラスを迎え出す】
機織りの女の死に心を痛めたアマテラスオオミカミは、洞窟の入り口である天の石屋(あめのいわや)を開き、そのなかに籠もってしまいました。すると世界が真っ暗になり、高天の原が暗闇に包まれると、葦原の中つ国もことごとく暗闇に覆われて、魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちがわが世の春を謳歌するようになります。
この異常事態を受け、困り果てた八百万(やおよろず)の神々は天の安の河原(あめのやすのかわら)に集まり、対策を協議しました。
その結果、タカミムスヒノカミの子である知恵の神、オモイカネノカミ(思金の神)が考えた策が実行に移されることになりました。それは「祭り」です。
神々はさっそく準備にとりかかりました。
まず 、常世(とこよ)の長鳴鳥(ながなきどり)(ニワトリの古称)を鳴かせました。そして次に祭りに使う道具を準備します。天の安の河原の固い石と天(あめ)の金山(かなやま)の鉄から大きな鏡をつくらせ、それから、*八尺(やさか)の勾玉(まがたま)を連ねた玉の緒をつくらせました。のちに「三種(さんしゅ)の神器 (じんぎ)」になるうちの二種がこれです。
そして、楮(こうぞ)製の白い布と麻製の青い布を垂れ下げた真賢木(まさかき)などの品々が揃うと、フトダマノミコト(布刀玉の命)がそれらを供え物として捧げ持ち、アメノコヤネノミコト(天の児屋の命)が祝詞を唱えました。戸の側にはアメノタヂカラオノカミ(天の手力男の神)が身を潜めると、いよいよ祭りがはじまります。
戸の前に逆さに置かれた桶(おけ)の上で芸能の神、アメノウズメノミコト(天の宇受売の命)が踊りはじめました。激しい踊りのために衣装がたちまち乱れ、両方の乳房があわらとなり、腰の紐ひもが陰部のあたりまでずり下がります。これを見て、八百万の神々は高天の原が揺れ動くほどにどっと笑い声をあげました。
その声は当然、石屋のなかのアマテラスオオミカミの耳にも届きました。不思議に思い、戸を少しだけ開けて問いかけるアマテラスオオミカミに、アメノウズメノミコトが答えます。
「そなた様より尊い神がおいでなので、みな喜んでいるのでございます」
その隙にアメノコヤネノミコトとフトダマノミコトがすっと鏡を差し出すと、アマテラスオオミカミは、鏡に映った自分の姿を見て、同じような太陽の神がいるのかとますます不思議に思って、そろりと身を乗り出して外を覗こうとしました。
そのときです。戸の側にいたアメノタヂカラオノカミがアマテラスオオミカミの手をとり、外へ引き出しました。
同時にフトダマノミコトがアマテラスオオミカミの背後に注連縄(しめなわ)を張り、石屋に再び入れないようにしました。
かくしてアマテラスオオミカミが外へ出ると再び太陽が昇り、高天の原も葦原の中つ国ももとの明るさをとり戻したのです。
*「八」は日本の聖数。「尺」は長さを表す単位で、一尺は約30㎝。
神々は大きな鏡と勾玉をつくらせた。
アマテラスが石屋に籠もると天も地も闇に包まれた。
いまに生きる古事記
宮崎県高千穂町で行なわれる夜神楽。民家などに氏神を招き、夜を徹して神楽を奉納する。天の石屋隠れの際のアメノウズメノミコトの踊りがはじまりとされている。手力雄の舞、鈿女の舞、戸取の舞など、石屋隠れにもとづく踊りが披露される。
古事記伝承の地をめぐる天の石屋
天の石屋神話は、さまざまな形でその伝承を見ることができます。
八百万の神々が集った天の安の河原と伝えられる岩戸川。宮崎県高千穂町。おびただしい数の石積みが散在している。
伊勢神宮。三重県伊勢市。アマテラスを呼び戻す祭祀で使われた鏡が祀られている。
天の石屋隠れで活躍した神々
アマテラスオオミカミを戻そうと、七柱の神々が祭祀を行なった。
オモイカネノカミ
知恵の神。「深謀遠慮」の能力があるとされ、思慮分別に優れる。
イシコリドメノカミ
鏡づくりの祖であり、三種の神器となる八咫(やた)の鏡をつくった。
タマノオヤノミコト
玉つくりの祖。三種の神器となる、八尺の勾玉をつくった。
アメノコヤネノミコト
古代日本において天皇家の祭祀を司どった中臣氏の祖神。祝詞の神ともいわれる。
フトダマノミコト
「フトダマ」は「立派な玉」の意で祭りに用いる神聖な玉に由来する名。祭祀では、玉や鏡をとりつけた賢木を持った。
アメノウズメノミコト
芸能に従事した猿女君の祖であり、女神。巫女的な役割を担い、天孫降臨の場面でも活躍する。
アメノタヂカラオノカミ
手に力を持った男神、怪力の神。石屋に閉じこもったアマテラスを、石の扉を開け外へ引き出した。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 古事記の話』監修:谷口雅博
【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 古事記の話』
監修:谷口雅博 日本文芸社刊
時代を超え読み継がれている日本最古の歴史書『古事記』。
「天野岩屋戸隠れ」「八岐の大蛇」「因幡の白兎」など誰もが聞いたことがある物語をはじめ、「国生み・神生み」「天孫降臨」「ヤマトタケルの遠征」など、壮大なスケールで繰り広げられる神々の物語は、たんなる日本の歴史にとどまらない、興味深く魅力的である。
本書は『古事記』の上中下巻から、神話・物語を厳選して収録し、豊富な図とイラストで名場面や人物像、歴史的背景を詳解する。『古事記』の面白さ、魅力を凝縮した一冊!
公開日:2025.02.10
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