こう読むと面白い! 中つ巻
『古事記』中つ巻には、いくつかのテーマがあります。①系譜及び記録的な記事、②初代天皇のヤマト入りと即位、③皇位継承争い、④支配領域の拡大・確定、⑤神と天皇との関係、⑥家族の情愛と憎悪。これらの柱があって、それぞれが複雑に絡み合って展開して行きます。
そもそも『古事記』序文によれば、『古事記』は「帝紀(系譜的記述)」と「旧辞(物語的記述)」とが合わさって出来上がっているものであり、中つ巻の神武(じんむ)天皇記から、系譜的記述が本格的になされるようになります。
そして天皇の宮、后妃と皇子女を記す系譜記述、御陵(ごりょう)(陵墓 (りょうぼ)と宝算(ほうさん)(崩御(ほうぎょ)年)とが記されます。各天皇代ではこれら記録的記述の中に物語が記される形になっています。その物語の内容が、前記②〜⑥によって紡ぎ出されています。
中つ巻は神と人の時代が描かれていると言われます。その点に関わるのが⑤神と天皇との関係になります。神武記では高天原(たかあまのはら)の神が神武天皇一行の苦難を救いますし、またヤマトの神の娘が神武天皇の皇后となります。崇神朝(すじんちょう)にはそのヤマトの神が祟りをなし、人民は滅亡の危機に瀕しますが、神の託宣(たくせん)に従って天皇が祭祀(さいし)を行うことで、天下太平がもたらされます。
ここでは国家を支える根本としての、神:天皇:人民の関係が確立したことを描いています。さらには垂仁(すいにん)記において出雲大神が祟りをなして、宮殿修理を求める託宣を下しますが、この話は天皇家による出雲の神の祭祀権掌握(しょうあく)という内容を含みもつというように、中つ巻では天皇による天下統治の重要な要素として、国家的な祭祀体制の確立を描いているわけです。
また、⑥家族の情愛と憎悪の物語は③皇位継承争いの物語と絡み合う場合が多いですので、一見すると天皇家にとっては不都合な、スキャンダラスな内容になるものなのですが、天皇家による国家統治の正当性を示すためにつくられたはずの『古事記』がなぜこうした物語を記すのか、実はよくわかっていません。
『古事記』作成の発端である天武(てんむ)天皇自身が、壬申(じんしん)の乱という天皇家を二分する皇室内部の争いを経て即位したということと関係があるのでしょうか。壬申の乱の描写は『古事記』序文にも見られるところではありますし。
それにしても再婚相手の夫と実子との間に立たされ、実子に歌をもって命の危険を知らせる母后の話や、実の妹に、兄と夫(天皇)とのどちらが愛しいかと迫り、謀反に荷担させる話など、とてもドラマチックな話が多く載せられています。
④支配領域の拡大は、ヤマトを中心として西東の反抗勢力を一掃し、天皇による天下統治を実現するという内容で、仲哀(ちゅうあい)記の神功(じんぐう)皇后による新羅(しらぎ)征討によって海外も天下、即ち統治領域に含まれることを描いています。そして西東の反抗勢力討伐に最も活躍したのがヤマトタケルです。ヤマトタケルは反抗勢力のみではなく、荒ぶる神々をも征討していますので、ヤマトタケル自身が神的な人物として設定されているようです。
荒ぶる神々をも討伐するヤマトタケル自身も荒々しく猛々しい性格の持ち主であり、父である天皇には恐れられますが、多くの女性と関わる情愛の人でもありました。正義の使者のようでありながら、アンチヒーロー的な要素も併せもつヤマトタケルは、神話のスサノオノミコトやオオクニヌシノカミ、下つ巻の雄略(ゆうりゃく)天皇に近い部分をもちながらも、唯一無二の存在感を示しています。
中つ巻の話に限りませんが、このように家族の情愛と憎悪、皇位継承争いなども含めて、出来事を淡々と描くのではなく、話を盛り上げてやろうという意図を感じざるを得ません。それは歴史を後世に伝えるために必然的に選択された表現方法であったのか、それとも、いわゆる文芸意識(とまではいかなくても、読み手、聞き手を楽しませよう、はらはらさせようというような意識)があってのことであるのか、わかりません。恐らくはその両方の意識があったのではないかと思います。
歴史書としてつくられた『古事記』の中に、一見するとその目的から逸脱しているかのような物語の数々を味わうのも『古事記』の楽しみ方の一つです。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 古事記の話』監修:谷口雅博
【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 古事記の話』
監修:谷口雅博 日本文芸社刊
時代を超え読み継がれている日本最古の歴史書『古事記』。
「天野岩屋戸隠れ」「八岐の大蛇」「因幡の白兎」など誰もが聞いたことがある物語をはじめ、「国生み・神生み」「天孫降臨」「ヤマトタケルの遠征」など、壮大なスケールで繰り広げられる神々の物語は、たんなる日本の歴史にとどまらない、興味深く魅力的である。
本書は『古事記』の上中下巻から、神話・物語を厳選して収録し、豊富な図とイラストで名場面や人物像、歴史的背景を詳解する。『古事記』の面白さ、魅力を凝縮した一冊!
公開日:2025.02.23
