中3のクリスマスイブに洗礼
プロレス界を席巻したジャイアント馬場が世を去って、この1月31日で26年が過ぎた。
その昔、男性誌で馬場さんの連載を担当していたことがある。技の解説に加え、読者からの質問に答えるコーナーも設けた。本人の肉声に接することができるとあって好評を博した。
取材場所は、東京・赤坂にあるキャピトル東急の喫茶店。馬場さんは、いつも奥の席でコーヒーを飲みながら葉巻をふかしていた。
最初に、そこに呼ばれた時は驚いた。遠くからでも馬場さんは確認できるのだが、「なぜ、この人は、わざわざミルクピッチャーでコーヒーを飲んでいるのだろう」と不思議に思った。右手の親指と人差し指でカップをつまみ、チュッチュッと吸っているように見えたからだ。
馬場さんに近づくにつれ、全貌が明らかになった。ミルクピッチャーに見えた器は、まごうことなきコーヒーカップだった。馬場さんの楓のような大きな手が、私の遠近感を狂わせてしまったのである。
取材をしていて、強く印象に残っているのが、足に関する辛い思い出だ。中学を出て高校の野球部に入ろうとしたのだが、“大足”に合うスパイクシューズが見つからず、断念しかけたという。
馬場さんの素質に惚れ込んだ部長が業者に頼み込み、特注のスパイクをつくってもらい、どうにか入部できたものの、一時は野球を捨てて絵の道に進むことも考えたという。ちなみに馬場さんは絵筆を握らせても玄人はだしだ。
馬場さんは中学3年時のクリスマスイブにモルモン教の洗礼を受けている。八百屋を営む実家の近くに小さな教会があり、冬のある日、ゲタを履いて野菜を届けに行った。
越後の冬は寒い。生まれ故郷の三条のまちは、冬になると雪に閉ざされた。
素足で現れた大柄な少年を気の毒に思った神父はゴム製の長ぐつをプレゼントした。それをきっかけに、馬場さんはモルモン教に帰依するのである。
ところでモルモン教とはキリスト教の一派だが、戒律が厳しいことで知られている。酒、コーヒー、タバコはもちろん、婚外での性交渉も禁じられている。
さて目の前の馬場さんはと言えば、カフェインの入っているコーヒーは飲むし、葉巻はふかすしと、とても戒律を守っているようには見えなかった。
「馬場さんはモルモン教を破門にならないんですか?」
いつか聞こうと思っていたが、結局聞けなかった。今も昔も、馬場さんは私が知る唯一のモルモン教徒である。
初出=週刊漫画ゴラク2025年2月7日発売号