キンシャサの奇跡。アリvsフォアマン【二宮清純 スポーツの嵐】

アフリカ初の世界ヘビー級タイトルマッチ

 ボクシング史上最高の名勝負と呼ばれる“キンシャサの奇跡”のもうひとりの主役ジョージ・フォアマンが、さる3月21日、世を去った。76歳だった。

 フォアマンの死を契機に、“キンシャサの奇跡”について書かれた本を、いくつか読み返してみた。新しい発見があったので、今回はそれを紹介しよう。

 1974年10月30日、世界ヘビー級王者のフォアマンは、3度目の防衛戦の相手に、元王者のアリを迎えた。

 デビュー以来40戦全勝(37KO)のフォアマンに対し、アリは徴兵拒否による3年7カ月のブランクがあり、賭け率は3対1でフォアマンが上回っていた。

 私は中学3年生。家で、昼間にテレビ観戦した記憶がある。ザイール(現在のコンゴ)の首都キンシャサから衛星中継されたようだ。

 2ラウンド以降、アリはガードを固めて防戦一方。ロープを背に、サンドバッグのように打たれ続けた。これが「ロープ・ア・ド―プ」と呼ばれる作戦だと知るのは、試合が終わってからだ。

 8ラウンド、フォアマンの打ち疲れを待って、アリが矢のようなワンツーを突き刺す。巨体が前のめりに崩れ落ちるシーンは圧巻だった。

 米国を代表するノンフィクション作家ノーマン・メイラーが著した『ザ・ファイト』(生島治郎訳・集英社)に、アリの試合前の発言が紹介されている。

<「フォアマンてやつはな、押しっくらの強いボクサーでしかないんだぜ。やつに切れ味のあるパンチなど出せるもんか! やつにはノックアウトは無理なんだよ。フレイジャーを六回もダウンさせながら、ノックアウトできなかったじゃないか」>

 73年1月22日、フォアマンはジャマイカの首都キングストンでジョー・フレージャーが持つ王座に挑戦し、1ラウンドに3回、2ラウンドに3回、計6回のダウンを奪ってTKO勝ちを収めている。世に言う“キングストンの惨劇”だ。

 アリと好勝負を演じたフレージャーを完膚なきまでに叩きのめしたことも、フォアマン有利の裏付けとなっていた。

 ところがアリは、逆にとらえていた。6回も倒しながらKOできなかったのは、パンチに切れ味がない証拠だろう――。結果は、アリの予告通りになった。

 とはいえ、アリの貝のようにガードを固める用心深い戦いぶりは、フォアマンの“象をも倒すパンチ”を恐れた、何よりの証跡とも言える。

 あれから51年たった今も、アフリカ初の世界ヘビー級タイトルマッチが色褪せることはない。

初出=週刊漫画ゴラク2025年4月25日発売号

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