白鵬退職の顛末。罰の無限ループ【二宮清純 スポーツの嵐】


志半ばで角界を去った白鵬
ギリシャ神話に「シシュフォスの岩」の逸話がある。
ゼウスの怒りを買って、地獄に落とされたシシュフォスは、大きな岩を山頂にまで運び上げる刑罰が科される。だが、山頂に近付いたところで、シシュフォスは岩もろとも突き落とされるのだ。
刑期がなく、無限に繰り返される刑罰。シシュフォスが味わった絶望は、想像して余りある。
この6月に日本相撲協会を退職した元横綱・白鵬の宮城野親方に対する協会の対応を見ていて、ふとこの逸話が頭をよぎった。
「この罰は、いったいいつまで続くのか……」
白鵬は出口の見えないトンネルの中を、延々と歩かされているような心境だったに違いない。
事の発端は昨年2月に発覚した弟子である北青鵬の暴力行為。監督責任を問われた白鵬は、親方として2階級降格に加え、師匠の立場を外された。妥当な処分だろう。
だが、処分はこれで終わらなかった。3月に入って部屋は無期限閉鎖となり、自らも含めた全員が伊勢ヶ濱部屋に転籍となった。
過去、相撲界において、師匠の不祥事はともかく、弟子が起こした問題で、部屋が閉鎖された例は記憶にない。その意味で協会は、「量刑」という点で大きな問題を残したと言えよう。
白鵬は3月11日、40歳になった。日本にも「不惑」という言葉があるが、モンゴルでは「40歳は特別大きな意味を持つ」と常々語っていた。
ところが3月27日に行なわれた協会理事会でも、宮城野部屋再興に関する協議は行なわれなかった。
協会の八角理事長は伊勢ヶ濱一門の浅香山親方に「今後は浅香山部屋で預かること。準備期間も踏まえ、預かりの解除を11月場所後とすることを検討するように」と指示を出し、5月場所中には白鵬本人にも伝わっていたとされる。だが部屋封鎖の解除は、あくまでも「検討」に過ぎなかった。岩を山頂に運び上げたところで、また奈落の底に突き落とされるのではないか。白鵬の脳裡には、協会に対するそうした疑念が渦巻いていたはずだ。
大相撲の世界で20回以上の幕内優勝を誇る大横綱は大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花、朝青龍、白鵬の6人しかいない。言うまでもなく、トップは45回の白鵬だ。
近年、貴乃花と白鵬、2人の大横綱が、親方になりながら志半ばで角界を去った。2人とも詰め腹を切らされたように、周囲の目には映るだろう。功労者を大切にしない相撲界に、未来はあるのか……。
初出=週刊漫画ゴラク2025年7月18日発売号