三国志最強の呂布、死す!
年が改まった建安二年(197)、玉璽を有している袁術は、それをよいことに後漢献帝を無視して、皇帝を僭称した。勢力を増さんとした袁術は、太子に立てた嫡子の妃に呂布の娘を娶ろうとしたが失敗。腹立ちから呂布の徐州を攻撃するが、これも失敗。淮南に逃げ帰った袁術は、それでは、と江東の孫策に呂布討伐を命じるが、孫策は玉璽を横取りし勝手に皇帝を名乗った袁術を後漢王朝への逆臣として絶縁する。
踏んだり蹴ったりの袁術に、さらなる苦難が訪れる。九月、曹操が袁術討滅の兵を挙げ、劉備も参陣して袁術を攻撃し、壊滅させたのだ。
袁術はその二年後、病に倒れ、命尽きることになる。食糧は払底し、夏の暑さのため蜂蜜入りの飲み物を所望するも、その一滴さえない。がっくりと寝台に座した袁術は、「袁術ともあろう者が、ここまで落ちぶれてしまうとは!」と呻き、一斗余りの血を吐いて事切れた、という。
袁術が横領した玉璽はそののち徐璆が奪い取り、曹操に献上している。建安三年(198)九月、呂布は、曹操が劉備を引き入れ、自分を討たんとしているとの密書を手に入れ、「先んずれば勝つ」とばかりに小沛の劉備を攻撃。小沛城は落ち、劉備は、またも曹操を頼る。曹操は、劉備から一部始終を聞くと、行軍を急がせて小沛城を奪還。返す刀で下邳城に攻め寄せ、ついに呂布を捕らえるのである。
城楼から呂布を見下ろす曹操。呂布が叫んだ。「お前の悩みの種だった呂布が、こうして捕らえられた。曹操が歩兵を率い、この呂布が騎兵を率いれば天下は易々と手に入る。いかがか」
曹操は、劉備を振り返り、「さて、どうかな?」と問う。劉備は、一片の情けもかけずに、「呂布は、最初の養父丁原を斬り、次の養父董卓も斬っております」と冷厳に応じたのである。
「大耳野郎、こいつこそ一番信用できんのだぞ!」これが呂布の最期の言葉となり、陳宮らとともに曹操に縊くびり殺され、晒し首となった。
ところで、このとき呂布配下の張遼(字は文遠)が、「呂布よ、みっともないぞ。死ぬときは死ぬときだ。恐れることがあろうか」と罵った。張遼は、丁原、董卓、呂布に仕えたが、忠義は人に優る者であった。それを知る劉備と関羽が曹操に命乞いをしたことで許され、張遼は曹操の部将となって活躍することになる。
その曹操は、後漢朝廷での権力は絶大で、献帝をもないがしろにする専横ぶりを見せるようになっていた。これを危惧した献帝の叔父董承が、涼州の馬騰(字は寿成)、劉備を引き入れ、打倒曹操を密かに謀る。だが、董承の企みは漏れ、曹操は劉備叛逆の密報を得るのである。
『図解 三国志』はこんな人におすすめ!
・中国の古い歴史に興味がある!
・昔の人は何のために争っていたのか?
・三国時代や格言について学びなおしたい
と感じている方には大変おすすめな本です。
魏・蜀・呉、三国の興亡を描いた『三国志』には、「桃園の誓い」「三顧の礼」「出師の表」「泣いて馬謖を斬る」など心打つ名場面、また「水魚の交わり」「苦肉の策」「背水の陣」「髀肉の嘆」など名言や現代にも通じる格言も数多く登場する。また、曹操、劉備、孫権、孔明、関羽、張飛、趙雲、周瑜、司馬懿など個性豊かで魅力的な登場人物に加え、官渡の戦い、赤壁の戦い、五丈原の戦い等、歴史上重要な合戦も多い。英雄たちの激闘の系譜、名場面・名言が図解でコンパクトにすっきりわかる『三国志』の決定版!
シリーズ累計250万部を突破した「図解シリーズ」の読みやすさ
図解シリーズは、右側に文章、左側に図解で解説という形で構成されているので、本が苦手な人にも理解しやすい内容です。
図解シリーズには、健康・実用だけではなく大人の学びなおしにピッタリな教養のテーマも満載。さくっと読めてしまうのに、しっかりとした専門家の知識を身につけることができるのが最大の魅力です!
気になる中身を少しだけご紹介!中国では、「革命」によって新たな王朝に禅譲されるのが約束事
『三国志』は「紀伝体」で書かれました。帝の記録「本紀(略して紀)、それ以外の人物の記録「列伝(略して伝)」で構成される歴史書です。陳寿は『三国志』を書くに際してあれこれ惨憺したらしい。魏の曹操(155~220)没後、息子の曹丕(187~226)が皇帝を名乗り、であればと蜀の劉備(161~223)、次いで呉の孫権(182~252)も皇帝を名乗った。
でも、三国に帝(皇帝)がいるというのは古来の中国ではあってはならないこと。天が命じた天子に地上を治めさせるので、天子は一人でなければならなかった。しかし、その天子が徳を失えば、徳のある天子に禅譲することになります。だから陳寿は、後漢の献帝(181~234)から禅譲(実際は簒奪)されたとする魏を正統とすることによって、魏から禅譲(これも簒奪)されたとする西晋を正統とせざるを得ない。
ほんとうは後漢の正統を継いでいるのは、漢王室の末裔とされる劉備が興した蜀と思っていても、陳寿はそうは書けない。故国蜀の滅亡で晋に職を求め、史官として三国の歴史を書くために仕えている身としては、晋朝廷から覚えめでたくあらねばならない、きっとそう悩んだ。
結局、陳寿は「魏書」に「本紀」を置かざるを得ず、「武帝紀(曹操)」「文帝紀(曹丕)」から最後の皇帝「元帝紀(曹奐)」まで著しました。じゃあ、劉備や孫権をどう扱ったか?「蜀書」に「先主伝」を立て、劉備を“先主”と呼ぶ一方、「呉書」の「呉主伝」では孫権は一貫して“権”。「列伝」では当該人物名を生前名の諱で呼ぶのが原則なのに、劉備に関してはその慣例を無視。まさに陳寿は蜀びいきなんですね。
★三国志演義の物語
★赤壁の戦いの真実とは?
★三国志の始まりとは
★知っておきたい軍事制度とは
などなど気になるタイトルが目白押し!
『三国志』には、心打つ名言や現代にも通じる格言が多くあります。曹操、劉備、孫権、孔明、関羽、張飛、趙雲、など魅力的な登場人物に加え、官渡の戦い、赤壁の戦い、五丈原の戦い等、名場面を図解でわかりやすく解説しているので「三国志」の学び直しに是非読んでいただければ幸いです。
【書誌情報】
『図解 眠れなくなるほど面白い 三国志』
渡邉義浩 監/澄田夢久 著
魏・蜀・呉、三国の興亡を描いた『三国志』には、「桃園の誓い」「三顧の礼」「出師の表」「泣いて馬謖を斬る」など心打つ名場面や「水魚の交わり」「苦肉の策」「背水の陣」など名言や現代にも通じる格言も数多く登場する。曹操、劉備、孫権、孔明、関羽、張飛、趙雲、周瑜、司馬懿など個性豊かで魅力的な登場人物に加え、官渡の戦い、赤壁の戦い、五丈原の戦い等、歴史上重要な合戦も多い。英雄たちの激闘の系譜、名場面・名言が図解でコンパクトにすっきりわかる『三国志』の決定版!
公開日:2023.02.16