~発生の仕組みの研究~
予定運命と聞くと、SFや占いを思い浮かべそうですが、れっきとした生物学(発生学)の用語です。動物の初期胚は、発生が正常に進行した場合、どの組織や器官に分化していくのかがあらかじめ決められています。このように発生過程でたどるべき運命を、その領域の予定運命といいます。
予定運命を最初に明らかにしたのは、ドイツの研究者ヴァルター・フォークトでした。彼はイモリの初期の胚を無害な色素で染色し、将来どのような組織に分化していくのかを調べ、予定運命図(原基分布図)にまとめました。同じくドイツのハンス・シュペーマンは、イモリの胚内細胞の移植実験によって、その予定運命がいつ決定するのかを明らかにしました。原腸胚の初期では、移植片は移植後領域の運命に従って分化しましたが、後期では、移植前の領域の運命のまま分化することを発見しました。
シュペーマンはさらに有名な原口背唇移植実験を成し遂げます。原口(※1)の陥入によって細胞の羅列はそれまでの一列から内側・外側の二列に変わります。内側に入った細胞群・内胚葉は消化管を形成し、外側の外胚葉は表皮と神経となっていきます。また内外の隙間にも細胞群が入り込み、中胚葉となり、筋肉や血管が作られます。なお原口は、口か肛門になります。人間の場合は肛門です。原口背唇とは原口の上部のこと、シュペーマンは、この原口背唇が発生の際に特別な振る舞いをすることに注目し、隣接する未分化の細胞に対して、「この細胞になりなさい」と分化を促す「オーガナイザー(形成体)」の存在を提唱しました。原口背唇はまさにオーガナイザーとして発生の中心的な役割を担っているのです。
※1:胞胚から原腸胚に至る過程で生じる陥の入部の入り口部分のこと。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 生物の話』
監修:廣澤瑞子 日本文芸社刊
執筆者プロフィール
横浜生まれ。東京大学農学部農芸化学科卒業。1996年、東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、米イリノイ大学シカゴ校およびドイツマックスプランク生物物理化学研究所の博士研究員を経て、現在は東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻細胞生化学研究室に助教として在籍。著書に『理科のおさらい 生物』(自由国民社)がある。
「人間は何歳まで生きられる?」「iPS細胞で薄毛を救う?」「三毛猫はなぜメスばかり?」「黒い花は世に存在しない?」ーー生命の誕生・進化から、動物、植物、ヒトの生態、最先端の医療・地球環境、未来まで、生物学でひもとく60のナゾとフシギ!知れば知るほど面白い!
公開日:2023.05.23