都市伝説にもなったけれど……ホントに行っています!アメリカとソ連の宇宙開発競争の大きな成果
1957年ごろから、当時、冷戦状態だったアメリカと旧ソ連(現ロシア)の間で、激しい宇宙開発競争が繰り広げられました。
そのなかで、月の探査に関しては、まず旧ソ連が1959年に月探査機「ルナ1号」を打ち上げ、「ルナ計画」をスタートさせました。
この計画では、人工物による初の月面到達、月の裏側の初撮影、初の軟着陸などを成功させました。
一方アメリカも、1961年から「レインジャー計画」をスタートさせて、9基の月探査機を打ち上げ、巻き返しを図っていきました。
その後、他天体への有人探査計画がスタートしました。アメリカによる「アポロ計画」です。
そしてついに、1969年7月20日、アポロ11号によって、人類がはじめて月面に一歩をしるしたのです。
アメリカは、これを皮切りに1972年まで、全6回にわたって有人月面着陸に成功しました。
この結果、合計で400キログラムに近い土壌や岩石を地球に持ち帰ることができ、設置した実験装置や観測機器などによって、月の科学的研究を大きく前進させることができたのです。
ところが、このような成果に対して、アポロ計画はすべてアメリカのでっち上げであり、人類は月に行っていないという「アポロ計画陰謀論(Moon Hoax)」が、マスコミをにぎわせました。
「月には大気がないはずなのに星条旗がはためいている」、「空に星が写っていない」といった疑問が提示されたのでした。
しかし、星条旗を月面にねじ込むときにポールを動かすのでその反動で旗は動きます。それどころか真空中では空気の抵抗がないために地球上よりも動きやすいのです。
月の起源を決定づけたアポロの月みやげ
では、見方を変えて、アポロが月に行ったことを示す動かぬ証拠をいくつか挙げてみましょう。
当時、アポロ宇宙船の打ち上げは全世界が見つめるなかで行なわれました。世界中の通信アンテナ、レーダー、光学望遠鏡などがアポロ宇宙船を追跡していたのです。このような環境のなかで、でっち上げができたとはとうてい考えられません。
また、アポロ宇宙船が月から持ち帰った鉱物には、一切水が含まれていませんでした。これが月の誕生にまつわる「ジャイアント・インパクト説(18~19ページ参照)」を最有力仮説の地位に押し上げたのです。
もちろん、旧ソ連も無人探査機を使って、同様の鉱物を採取しています。
そもそも、アポロ計画に少しでも疑問の余地があるのなら、旧ソ連が鉱物の件について沈黙を守っているはずがないでしょう。
実は、旧ソ連も有人の月着陸計画を立て、超大型の宇宙船を開発していました。しかし、その打ち上げテストに4回続けて失敗し、計画はついに流れてしまったということです。
さらに、アポロ計画において3回にわたって月面にレーザー反射鏡を設置しています。この鏡に地球からレーザーを照射し、光が返ってくるまでの時間を測ることで、月までの距離をセンチメートル単位まで計測できるようになりました。
これは、ある程度の出力のレーザー発振器などがあれば、一般の人でも実験ができます。
ちなみに、2008年5月、日本の月探査機「かぐや」は、月面の「雨の海」のハードレー峡谷で、アポロ15号が着陸の際につくった噴射跡の撮影に成功しています。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 宇宙の話』
監修:渡部潤一 日本文芸社刊
執筆者プロフィール
1960年、福島県生まれ。 1983年、東京大学理学部天文学科卒業、1987年、同大学院理学系研究科天文学専門課程博士課程中退。東京大学東京天文台を経て、現在、国立天文台副台長・教授。総合研究大学院大学教授。太陽系天体の 研究のかたわら最新の天文学の成果を講演、執筆などを通してやさしく伝えるなど幅広く活躍している。主な著書は、『最新 惑星入門』(朝日新書)、『面白いほど宇宙がわかる15の言の葉』(小学館101新書)など。
地球は宇宙のどこにあるの? 太陽が巨大化するってホント? 宇宙はいくつもあるの? 素朴なギモンに即答.。宇宙のナゾに迫る! 地球の生い立ちから、お隣の天体・月の謎、太陽と惑星の素顔、恒星と銀河、宇宙論まで、最新の天文学、宇宙物理学、惑星科学に踏まえてやさしく解説。豊富なイラスト、約50のテーマで、夢とロマンに満ちた、いちばん新しい宇宙の姿がよくわかります。太陽系のナゾから最新の宇宙理論まで、宇宙のフシギをズバリ解明します!
公開日:2022.03.14