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ロッテ、Vへ進撃。74年の怪物伝説【二宮清純 スポーツの嵐】

Text:二宮清純

47年ぶりの優勝目指す
千葉ロッテマリーンズ

 千葉ロッテが好調だ。9月20日現在、2位オリックスに3.5ゲーム差をつけ、首位を走っている。

 ロッテは2005年と10年に日本一になっているが、05年は2位、10年は3位からの下剋上だったため、リーグ優勝となれば74年以来47年ぶりだ。

 74年といえば、巨人がV10に失敗し、セ・リーグの優勝チームは中日だった。金田正一監督率いるロッテは4勝2敗で中日を下し、日本シリーズを制した。

 この当時、パ・リーグの試合が地上波で中継されることは稀だった。オールスターゲームと日本シリーズ、あとはNHKがたまに放送する程度だった。

 私の生まれ故郷の愛媛県は、当時、民放が日本テレビ系列の1局しかなく、プロ野球中継といえば、それは巨人戦を意味していた。

 そうした事情もあって、たまに観るパ・リーグの試合にはワクワク感があった。ピッチャーもバッターも個性派揃い。たとえて言えばウルトラマンの怪獣のオモムキである。

 ロッテの場合、投手陣にモンスターが揃っていた。エース級は皆、見たこともないような変化球を投げるのだ。少年の日の私の目には“魔球”のように映った。

 たとえば成田文男ならスライダー、木樽正明ならシュート、金田留広ならカーブ、村田兆治ならフォークボール、クローザーの三井雅晴ならストレート。どれも“超”の字のつく一級品だった。

「その中でも“コイツはスゴイ!”と思ったのが三井だね」

 そう語ったのが金田監督の弟・留広である。このシーズンは16勝をあげ、自身2度目の最多勝とMVPに輝いた。

「三井のストレートは異次元の速さだったな。その頃、セでは中日の鈴木孝政が一番速いといわれていた。日本シリーズで鈴木のボールを見たら、もうモノが違っていたね。そりゃ三井の方が凄かった。アイツが故障さえしなかったら、ロッテは2連覇か3連覇はしていたでしょう」

 異次元のスピードに、彼の右ヒジは持ちこたえられなかった。79年オフ、日本人として初めて米国で右ヒジにメスを入れ、手術は成功したものの短命に終わった。

 オールドファンの間で、しばしば話題になるのが、三井と佐々木朗希は、どちらが速いか。残念ながら三井の全盛期、プロ野球にまだスピードガンは普及していなかった。

 ともあれ、こうしたネタで盛り上がれること自体、ロッテファンにとっては、喜ばしい話だろう。お楽しみは、これからか……。

(初出=週刊漫画ゴラク2021年10月1日発売号)