都内の喫茶店での出来事…
ある月刊誌でボクシングWBC世界ライト級元王者のガッツ石松さんと対談した。
翌日、ガッツさんからお礼の電話がかかってきた。
「昨日は楽しかったよ。また機会があったら、やりたいね」
その翌日、対談の際に訊き忘れたことがあったので、今度はこちらから電話した。
「あぁ、二宮さん、元気? 久しぶりだね。何の用事?」
2日前にガッツさんの事務所で対談したことを話すと、悪びれる様子もなく、ガッツさんは言った。
「あれっ、そうだっけ? そう言えば、会ったような気がするね」
ガッツさん、2日前のことをすっかり忘れていたのだ。
ガッツさんとは、もう30年来の付き合いだが、私に言わせれば、ネタが、そのまま服を着て歩いているような御仁である。
もう随分前のことだ。場所は都内の喫茶店。当時は、どの店でもテーブルには灰皿とマッチ箱が置いてあった。
ガッツさん、マッチ箱からマッチ棒を2本取り出し、私の目の前で、何かの文字を組立てようとしていた。
「人というものはね、ひとりじゃ生きられないんだ。こうやって支え合って生きていくものなんだけど、あれっ、うまくいかないな……」
ガッツさんは2本のマッチ棒を使って、「人」という文字をつくろうとしていたのだ。だが、細いマッチ棒ゆえ文字を立体的に組み立てるのは難しい。手を離すと、すぐペシャンとなった。
その作業を辛抱強く続けること10分あまり。ガッツさんは立体型を諦め、平面型に切り替えた。
しかし、完成した文字は「人」ではなく「入」だった。それを指摘しようかどうか迷っていると、ひとり悦に入っている表情で、ガッツさんは言った。
「人間はね、こうやって支え合って生きていくんだよ」
ガッツさんは、激戦区のライト級で5回も防衛を果たしている名王者だが、世界のベルトを腰に巻くまでに11回も負けている。こんな世界王者は他に知らない。
ガッツさんによると、ほとんどの負けが「嫌倒れ」といって自分が不利だと判断するとダメージを受ける前に、自ら倒れていたのだという。
ボクサーにあるまじき行為と思われるかもしれないが、決定的なダメージを回避したことが、“大器晩成”につながったのである。
「ケンカもボクシングも人生もそう。最後に勝つヤツが強いんだよ」
けだし名言である。
※上部の写真はイメージです。
初出=週刊漫画ゴラク2022年8月19日発売号