意外に進んでいるスポーツ界のリスキリング
岸田文雄首相が個人のリスキリング支援に、5年で1兆円を投じると表明したのは昨年10月のことだ。
リスキリングとは、読んで字のごとく「学び直し」のこと。近年、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に伴い、新しい仕事が生まれ、労働市場も様変わりしてきた。
しかし、労働者をすみやかに成長が期待できる市場に移行させようにも、当の労働者自身にスキルと知識がなければ、逆に足手まといになりかねない。
そこで政府が先頭に立ってリスキリング支援の旗を振り始めたわけだが、生産性を向上させるためには一定程度の時間が必要だろう。
大相撲の世界には、「3年先の稽古」という言葉がある。3年先を見据えて厳しいトレーニングに励め、という意味だが、逆に言えば、結果が出るには、最低でも3年はかかるということだ。それは産業社会においても同じだろう。
日本において最も「リスキリング」が進んでいるのは意外や意外、スポーツの世界ではないだろうか。
先の東京五輪でバレーボール女子日本代表監督を務めた中田久美は、今春、筑波大学大学院に進んだ。
その理由を中田は、こう語っていた。
「女子バレーボールの現場に長く身を置く中で、女性特有の健康問題やセカンドキャリアのサポートがまだまだ不十分だと感じた。」
「私自身も現役時代、病気を患った経験があるし、代表の中にも、自分の体のことをよく理解していない選手もいた。いろいろな相談を受けることで、女性のコンディションについてもっと研究したいと考えるようになったんです」
プロ野球の世界では、福岡ソフトバンク前監督の工藤公康が筑波大学大学院で博士号取得に挑んでいる。
博士号となると修士号より、さらにハードルが高い。NPBの監督経験者で、博士号の称号を持つ者は、まだいないのではないか。博士論文のテーマは「故障予防」だ。
以前、工藤はこう語っている。
「日本には肩やヒジの酷使が原因で、早めに野球を断念せざるを得なくなった子どもたちがたくさんいる。それを防ぐには、どういうフォームがいいのか、トレーニングがいいのか。それを研究することで子どもたちや球界の役に立ちたい」
現在、中田は57歳、工藤は60歳。リスキリングに年齢の壁はない。私たちもまた、“人生百年時代”を生き抜くための学びを模索すべきだろう。
初出=週刊漫画ゴラク2023年5月19日発売号