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<ハンマー投げ>室伏広治さんが世界記録を出すための条件【物理でわかるスポーツの話】

Text:望月修

なんと物理法則そのままを利用して投げていた室伏広治さん

 ハンマー投げに使われる鉄球の直径は120mm、重さ6.8kgf です。これにワイヤーと握り部分が つき、長さ120cm となっています。握り部分を持ち、腕を伸ばしたまま体を軸にして4回転させたのち放り投げます。コマのように軸足の地面接地点を中心とし、もう片方の足で地面を蹴りながら回転を持続させます。

 2011年世界陸上当時の室伏広治さんの投てき映像を見ると、4回転する時間は1.75秒です。1回転は角度でいうと360度ですが、ラジアン(rad)という単位を使うと360度は2πrad に対応します。したがって、4回転は2π×4rad となり、角速度ω は2π×4回転/1.75秒=14.4rad/s となります。

 さて、手を離すことで向心力を解き離すと、鉄球は円周の接線方向に飛び出し、その速度vはv=rωと表されます。ここで、室伏さんの回転軸から測った腕の長さは70cm なので、錘の中心までの回転半径はr=0.70+1.2+0.06=1.96m 。ですので、飛び出し速度v=1.96×14.4=28.2m/s が求められます。

 この速度で45°上向き方向に飛び出したとして、仮に空気抵抗を無視できるものとすると、鉄球の運動軌跡は放物線を描き、最大高さymax=(v×sin45° )²/2g=20.3m、到達距離xmax=v²sin(2×45° )/g=81.1mと計算できるわけですが、実際にはこのときの室伏さんの記録が81・24m。なんと室伏さんは物理法則そのままを利用して投げたことになるのです。

 いまの世界記録は1986年に旧ソ連のユーリ・セディフが出した86.74mです。ここで、この記録を出すにはどうすれば良いか考えてみましょう。まず飛び出し速度vを上げることです。そのための方法はvの定義(v=rω)より2つ考えられます。1つは角速度ωを上げることです。飛び出し速度を逆算すると、

 v=√gxmax=√9.8×86.74=29.16m/s

 が求められるので、これにより角速度はω=v/rからω=29.16/1.96=14.90rad/sとなって、4回転( 2π×4rad)する時間が計算できます。つまり、t=2π×4/14.90=1.69秒が導かれるのです。ということは、室伏さんが1.75秒で4回転していたのを0.06秒縮めるように回転していれば世界記録が生まれたわけです。回転させる足の蹴りをもう少しだけ強められれば記録達成でしたね。

 もう1つは回転半径rを長くする方法です。鉄球から握りまでの長さは固定されているので、腕 の長さを長くしなければなりません。どのくらい長くすれば良いか逆算すると、飛び出し速度v=29.16m/sを得るために角速度ωを先のままにするとω=14.4rad/sとなるので、r=v/ωによりr=29.16/14.4=2.03mが導かれます。したがって、腕の長さは2.03–(1.2+ 0.06)=0.77mが必要となります。

 この計算から、室伏さんは先に仮定した70cmの腕の長さを、物理的には7cm伸ばして77cmにできれば条件クリアです。人間の腕を延伸するのは難しそうですが、実は腕の付け根の肩を前に7cm突き出すようにすれば可能(物理屋の勝手な都合)なのです。

 ちなみに、回転運動には鉄球の遠心力をFcとしてFc=mv²/rがかかります。鉄球の重さはm=6.8kgなので、室伏さんが鉄球を回転させると、FcはFc=6.8×28.2²/1.96=2759Nです。したがって、鉄球の円運動を維持するために、Fc力の大きさで引きつけていなければなりません。重さに換算するときはg=9.8で割るので、282kgfの錘を持っているのと同じです。この重さを支えるのに腕の力だけでは無理かもしれないし、転倒さえしかねません。

 そこで、カウンターウェイトがどこにあるのか調べるために回転時の姿勢を見てみます。重心が回転軸から19cmほどズレています。重心の円周方向の速度はvg=0.19×14.4=2.74m/sです。このズレの距離を回転半径として、重心にかかる遠心力Fcを計算すると、室伏さんの体重が99kgfですから、Fc=mgvg ²/rg=99×2.742/0.19=3912Nとなります。であれば、鉄球の遠心力による時計方向のモーメント(❷)を、重心の遠心力による反時計方向のモーメントで打ち消す位置に重心を移動すれば釣り合います。

 釣り合う位置はL×3912=1.32×2759よりL=0.93m。室伏さんの回転姿勢を見ると、腰を93cmの位 置になるように落として調整しています。大きな遠心力を支えるのに、自分の重心の遠心力を釣り合わせることでバランスを保っている。回転しなければならない理由が、ここにあるわけです。


【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 物理でわかるスポーツの話』
著:望月修

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