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物理学の観点から考えた超効率のいい泳ぎ方とは?【すごい物理の話】

Text:望月修

ヒントはイルカ?

速く泳ぎたい! これもスイマーの熱い願望です。でも、願いだけでは速く泳げません。そこには冷厳な物理が働いているのです。さて、水泳競技は、飛び込みで初速が決まり、あとは掛かってくる抵抗に釣り合う力を出し、一定速度を保ってゴールするものです。作戦としては陸上の100m走と同じと考えればいいでしょう。2022年8月13日、ローマ開催の欧州選手権男子100m自由形で、ルーマニアのポポビチ選手(17歳)が達成した世界新記録は46・86秒でした。秒速2・134m/s、時速換算では7・682㎞/hということになります。歩く速さの約2倍の速度です。ちなみに、13年ぶりに世界記録を0・5秒縮めたことになるそうです。

この速度で泳ぐために必要な力は、抵抗と釣り合うだけの力です。水泳選手にかかる水による全抵抗100%の内訳は、形に依存する形状抵抗50%、波を立てるための造波抵抗40%、水と体表面で起きる摩擦抵抗10%となります。それまでの世界記録は100mを47・36秒だったので、秒速は2・111m/sです。速度は0・023m/s速くなったことになります。人間の能力が同じと考えると、テクノロジーで全抵抗を2%下げたことになります。これを実現するために、全抵抗の内訳のうち、どの抵抗を下げるのが工学的にやりやすいかということを考えてみましょう。

形状抵抗を2%減らして48%に下げるということは、人間の形状を流線形のようにして、水が体表面に沿って流れる必要があります。体後方の水が乱れずに流れなければなりませんが、バタ足をしている以上むずかしそうです。体を頭の上から見たときの面積(投影面積)を2%減らす方法もありますが、やはり筋肉だらけの選手をさらに細身にするのは無理です。では、摩擦抵抗を2%減らすことはどうでしょう。体表面の流れは乱流なので、摩擦抵抗を減らすには乱流の乱れを抑え込まなければなりません。これは工学的に非常にむずかしい。

最後に造波抵抗ですが、起きる波の高さを3%減らすことなので、100㎜の波高を、97㎜にすればいいという計算になります。これなら波をちょっとだけ抑えれば実現できそうです。頭や肩でつくる波、水をかく腕の入れ方と抜き方、バタ足がつくる波を極力起こさないようにする技術が求められますが、イルカの泳ぎが模範ですね。

泳ぎの達人イルカ【眠れなくなるほど面白い 図解 すごい物理の話】

出典:『眠れなくなるほど面白い 図解 すごい物理の話』著/望月修

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 すごい物理の話』
著:望月修

物理学は、物質の本質と物の理(ことわり)を追究する学問です。文明発展の根底には物理学の考えが息づいています。私たちの生活の周辺を見渡しただけでも、明かりが部屋を照らし、移動するために電車のモーターが稼働し、スマートフォンの基板には半導体が使われ、私たちが過ごす家やビルも台風や地震にも倒れないように設計されています。これらすべてのことが物理学によって見出された法則に従って成り立ち、物理学は工学をはじめ、生命科学、生物学、情報科学といった、さまざまな分野と連携しています。……料理、キッチン、トイレ、通勤電車、自動車、飛行機、ロケット、スポーツ、建築物、地震、火山噴火、温暖化、自然、宇宙まで、生活に活かされているもの、また人類と科学技術の進歩に直結するような「物理」を取り上げて、わかりやすく図解で紹介。興味深い、役立つ物理の話が満載の一冊。あらゆる物事の原理やしくみが基本から応用(実用)まで理解できます!

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