生きる尊厳を問う7名の作家たち。国立国際美術館で、時代を超える「声」が響き合う


大阪の国立国際美術館で、美術家・田部光子の思想を起点にした展覧会が**11月1日(土)**より開催されます。本展では、田部光子を含む7名の作家が、「生きることと尊厳」をテーマに、社会の矛盾や既存の枠組みに挑む作品を展示します。
🎨 田部光子の「たった一枚のプラカード」が象徴するもの
本展の出発点となるのは、田部光子が1961年に発表した文章「プラカードの為に」です。彼女は、「たった一枚のプラカードの誕生によって」社会を変えられる可能性を語りました。この「プラカード」は、単なるスローガンではなく、行き場のない声をすくい上げ、解放のきっかけとなる「生きた表現」の象徴です。

田部光子《プラカード》1961年、東京都現代美術館蔵

《プラカード》、《人工胎盤》前の田部光子、1961年、「九州派展」、銀座画廊、東京
今回展示される田部光子の作品は、労働争議や安保闘争など社会の動きを背景に制作されたコラージュ作品《プラカード》や、フェミニズム・アートの先駆的作品として再評価されている《人工胎盤》など26点。従来の美術の形式に挑戦し続けた彼女の熱いメッセージが、時を超えて私たちの心に響きます。
現代を生きる6名の作家が放つ、多様な「声」
田部光子の精神を受け継ぐように、現代の6名の作家たちが、それぞれの生活に根ざした表現で「生きることと尊厳」を問いかけます。
- 牛島智子:絵画や、日々の生活と制作を重ねた新作インスタレーション《ひとりデモタイ》を披露。
- 志賀理江子:東日本大震災の経験から、人間の精神の根源に迫る映像インスタレーション《風の吹くとき》などを展示。
- 金川晋吾:自身の家族や信仰を通して、個人的な事柄を社会に開く写真作品を発表。
- 谷澤紗和子:歴史の中でかき消されてきた声に着目し、陶紙で作られた小さな「プラカード」などで対話を試みます。
- 飯山由貴:妹の幻覚・幻聴と向き合い、他者の声に耳を傾ける映像作品《海の観音さまに会いにいく》などを紹介。
- 笹岡由梨子:人形劇やCG合成で、固定化された見方に揺さぶりをかける映像作品を展示。
牛島智子は、変形カンバスによる絵画制作と、拠点とする地域の産業や歴史に根ざした素材を支持体に用いるインスタレーションの制作を続けてきました。過去に発表した詩や言葉を不定形の和紙に書き写した「変形和紙文字」は、近年取り組むシリーズのひとつで、牛島の思考の一端を開示するものです。本展では「変形和紙文字」を構成要素のひとつとし、日々の生活と制作行為を重ねた新作インスタレーション《ひとりデモタイ―箒*筆*ろうそく》が披露されます。
牛島智子個展「トリへのへんしん」展示風景、2022 年、旧八女郡役所 写真:長野聡史 (C)Nagano Satoshi
志賀理江子は2011 年の東日本大震災で被災し「復興」のありかたに圧倒された経験から、人間の精神とその根源に迫る作品を制作してきました。本展では、宮城県での生活のなかで志賀が紡いできた言葉や、抵抗となりうる行為をもとに、2022 年に制作された映像インスタレーションを新たに再編集した《風の吹くとき》(2022-2025 年)のほか、未発表の写真作品を展示します。
志賀理江子《風の吹くとき》2022-2025年 (C)liekoshiga
金川晋吾は近年、写真作品や文章、あるいはワークショップを通して、個人的な事柄を公に向けて示す試みを続けてきました。本展では現在進行形で取り組む二つのシリーズ「祈り/長崎」「明るくていい部屋」をご覧いただきます。いずれも、私たちが生きる上で避けがたく、しかしそれゆえに規範化されがちな「家族」や「信仰」等のイメージを、金川自身の身体そして生き方を通して、とらえ直す作品です。
金川晋吾《祈り/長崎、セルフポートレート》2022年 (C)Shingo Kanagawa
谷澤紗和子の「ちいさいこえ」は、陶紙で作られた小さな「プラカード」です。歴史のなかでかき消されてきた声を可視化しながら、対峙する者の「力」や「大きさ」を問う作品です。本展ではこのほか、美術史において周縁化されてきた切り紙の手法を用い、女性の表現者の先達たちと仮想の対話を試みた「はいけいちえこさま」シリーズや新作インスタレーションも発表されます。
谷澤紗和子個展「ちいさいこえ」展示風景、2023年、FINCH ARTS (C)Sawako Tanizawa, Photo by Haruka Oka, Courtesy of FINCH ARTS
飯山由貴は記録資料や聞き取りを糸口に、個人と社会・歴史の関係を考察し、作品を制作してきました。《海の観音さまに会いにいく》(2014/2020 年)は、精神に障害を持つ妹の幻覚や幻聴を
受けとめ、彼女にしか見えない世界を家族とともに見ようとした映像作品です。他者の声に耳を傾け、その経験に歩み寄り、共に行動する試みを記録した初期作品をはじめ、これらに連なる近年の作品展開を紹介します。
飯山由貴《海の観音さまに会いにいく》2014/2020年、写真:宮澤響、飯山由貴 (C)Iiyama Yuki
笹岡由梨子は人形劇やCG 合成、自作の歌、手作業による装飾を用い、固定化された枠組や見方に揺さぶりをかける映像作品を制作してきました。本展では初期の映像作品と、国内初公開となる
《Working Animals》を展示します。後者は、古いぬいぐるみから再生した動物たちが合唱しながら、観客である人間に労働の意味や構造について問いかけるインスタレーションです。
笹岡由梨子個展「Animale」展示風景、2025年、PHD Group、香港 Courtesy of the artist and PHD Group. Photo by Felix SC Wong.
それぞれの制作の背後には、私たちの生活の身近にいまだある、生きづらさを生む社会とその歴史へのまなざし、制度や権力による選別や排除に対する抵抗、周縁に置かれた存在の尊厳についての考察があります。彼女・彼らの表現は、過去や現状を問い直すだけでなく、この現実と未来に働きかける力を有していると言えるでしょう。さらに、そうした実践を支える、造形の力やイメージの強度、素材や技法の選択にも注目いただきます。
「声」が交錯し、響き合う展覧会
この展覧会では、7名の作家の作品が空間で交錯し、互いに干渉し、響き合います。作品に込められた抵抗の意思や、周縁に置かれた存在の尊厳についての考察に触れることで、私たち自身の生き方や社会のあり方を問い直すきっかけとなるでしょう。
展覧会概要

- 会期:2025年11月1日(土)~2026年2月15日(日)
- 会場:国立国際美術館 地下3階展示室
- 観覧料:一般 1,500円 / 大学生 900円
- 関連イベント:11月1日(土)には出品作家によるアーティスト・トークも開催予定です。
「たった一枚のプラカード」が象徴する、生きた表現。7名の作家たちの実践が交差するこの場所で、その力をぜひ体感してください。