リング禍を防げ。名伯楽から学ぶ【二宮清純 スポーツの嵐】

プロボクシング 初代王者を育てあげたタウンゼント・トレーナー(右)は、井岡弘樹の手をあげていかにもうれしそうだった プロボクシング 初代王者を育てあげたタウンゼント・トレーナー(右)は、井岡弘樹の手をあげていかにもうれしそうだった

「選手を家族の元へ」

  日本ボクシングコミッション(JBC)は、公式試合に関するルールを細かく設定している。

 たとえばコーナーの外に陣取り、選手に指示を送ったり、インターバルの際にアイシングや止血を行なうセコンドには、次のような制約が設けられている。

 第68条 1人のボクサーに許されるセコンドは3名以内とし、うち1名をチーフ・セコンドとする。

 何となく見過ごされがちだが、次の行為は違反となる。

 第69条6 セコンドは、試合者に水を勢いよくふきかけてはならない。また、ラウンドの間にタオルを使って風を送ることはできない。

 一方で、選手の安全を守る重要な役割も担っている。

 これ以上の試合続行は危険と判断して、チーフ・セコンドがリング内にタオルを投げ入れ、レフェリーがそれを認めれば、その時点で相手方のTKO勝利が成立する。

 最近、ボクサーのリング禍が相次いでいる。今年に入ってから重岡銀次朗(ワタナベ)、神足茂利(M・T)、浦川大将(帝拳)の3選手が試合後に開頭手術を受け、2人が帰らぬ人となった。

 JBCのルールでは、頭蓋内出血と診断された時点で、選手は自動的にライセンスを失効することになっている。

 リング禍については、調整の失敗や減量時の“水抜き”、スパーリング過多など、いろいろな原因が取り沙汰されているが、もう少し試合を早く止めていれば、せめて最悪の事態は免れたのではないか……と思えるような試合もある。

 ボクサーは命がけで戦っている。だからと言って、命を落としても仕方ない、とはならない。レフェリーやセコンドには、試合を止める勇気も必要だ。何事も命あっての物種である。

 私が尊敬するトレーナーにエディ・タウンゼントという人物がいる。37年前に他界した。チャレンジャー側のセコンドを務めることが多いことから“青コーナーの流れ者”と呼ばれた。

 海老原博幸に始まり、ガッツ石松や井岡弘樹ら6人の世界王者を育てた名伯楽だが、彼が一番気を使ったのは選手の安全管理だった。

 タオルの投入が早いことから、「せっかくの盛り上がりに水を差した」とプロモーターから疎まれたこともある。

 しかし、エディは頑として自らの信念を曲げなかった。

「ボクサーは引退してからの人生の方が長いの。自分の仕事は、ボーイ(選手)を無事に家族の元に帰すことよ」

 エディは、指導した全てのボクサーから愛された稀有なトレーナーでもあった。

初出=週刊漫画ゴラク9月13日発売号

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