SPORTS COLUMN
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プロ野球史上初の2000安打&400犠打達成!宮本慎也

リーダーシップと職人技で年々存在感を増した名手

宮本慎也/東京ヤクルトスワローズ
通算成績19年:2162試合 2133安打
62本 578打点 408犠打 打率.282

PL学園、同志社大学、そしてプリンスホテルとアマのエリートコースを歩み、ドラフト2位の逆指名入団でありながら、エリート臭は一切ナシ。プロ入り当初はもっぱら守備要員としてのスタートで、当時の野村克也監督から与えられた称号は、守り専門を意味する「自衛隊」。過去に川相昌弘 (533) と平野謙(451) の二人しか達成していない通算400以上を達成した犠打も、入団1年目の1995年はわずかに1本のみで、ノムさんいわく「バントは下手」。それでも叩き上げのエリートは地道に進化を続け、開幕から2番を任された1999年にリーグ最多の45犠打をマーク。野村監督に鍛え上げられたケースバッティングと、同年オフに臨時コーチを務めた中西太氏の指導により打撃も向上。世間(ファン)一般でいう宮本慎也のイメージそのままの働きがはじまったのはそれからだ。2000年にはじめて打率3割をクリアすると、2001年にはシーズン犠打「67」を決めて川相の日本記録「66」を更新。

持ち前の守備に 「ジス・イズ・2番打者」の打力・犠打力を加えた宮本慎也の存在感は年々増し、2004年には長嶋茂雄監督率いるアテネ五輪の代表キャプテンに抜てきされると「株」はさらに上昇。職人肌の技と人柄でチームを牽引する姿は、なぜだか派手な言動がよしとされたその頃の野球界において新鮮ですらあった。オフの自主トレにはヤクルトの若手のみならず、坂本勇人(巨人)ら他球団の選手が弟子入り志願するなど、垣根を越えた慕われっぷりも宮本らしさ。自身の働きに納得のいかなかったシーズンの契約更改では自ら減額を要求し、差額を2軍設備の修復に回す気配りも宮本らしさ。そんなこんなの宮本慎也も、2012年には古田敦也に次ぐ「大学・社会人を経ての2000本安打」を達成。前述した400犠打以上と2000本を記録した選手はNPB 史上初。2013年10月8日、最終戦となった巨人戦試合後の、両チームの選手による胴上げも宮本慎也ならではの“偉業”といえまいか。

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