欧州サッカーリーグの一角で、国際舞台で多くの好成績を収めてきたラ・リーガ。しかしコロナ禍の影響とそれによる構造改革によって、リーグは新しい道を歩み始めている。スペイン・マドリードという「お膝元」での開催となったグローバルカンファレンス「ワールドフットボールサミット2021」で、リーグの現在位置と今後について探った。(取材・文=渡邉宗季)
「世界最強リーグ」が直面する変化
相次ぐ大型移籍がメディアを賑わせた今夏の欧州サッカーの移籍市場。その中でも特にセルヒオ・ラモスのレアル・マドリード退団、メッシのFCバルセロナ退団は衝撃的だった。このビッグクラブの両キャプテンが、時を同じくしてスペインから去ったという事実は、何を意味しているのだろうか?
実はラ・リーガは、各クラブのチャンピオンズ・リーグ(CL)とヨーロッパリーグ(EL)の成績から計算されるUEFAのカントリーランキングにおいて、2011/12から2019/20の10シーズンで7回も首位に立っていた。首位でない年でも全て2位につけており、それゆえに「世界最強リーグ」と言われている。
特に2014/15から2017/18のリーガ勢のCL成績は圧巻で、2014/15はバルセロナが優勝、2015/16〜2017/18はレアル・マドリードが3連覇し、両クラブが4年にわたりCLを制覇している。セルヒオ・ラモス、メッシ共に、ラ・リーガの黄金時代を支えたと言っても過言ではない。
しかし、両クラブともコロナ禍では大幅な収入減を余儀なくされ、さらにラ・リーガが2013年から導入しているサラリーキャップの影響で既存の枠組みではスター選手を抱えきれなくなってしまった。パンデミックの前に見込んでいた収入は達成できず、一方で膨らむ負債。クラブビジネスへの影響は大きかった。
その状況を打開すべく、欧州スーパーリーグ(ESL)構想が4月に勃発。何を隠そう、その中心にいたのがレアル・マドリードとバルセロナだった。国内リーグやUEFAの支配下から離れ、欧州のトップクラブのみが集う独自のリーグを催し、直接収入を得る算段だった。それゆえに両クラブは、今でもラ・リーガと対立する形となっている。
ラ・リーガのハビエル・テバス(Javier Tebas)会長をはじめとして、ワールド・フットボール・サミット(World Football Summit:WFS)では、過渡期を迎えているラ・リーガの今後について多くの言及がなされていた。
「ESLはまるでロビン・フッド。しかし失敗に終わった」
アトレティコ・マドリードのミゲル・アンヘル・ギル(Miguel Angel Gil)会長は、ESLについて、「今我々がここに至るのに関わった全てのものを裏切ることになると感じた。だからESLから去ったんだ」 と述べた。アトレティコは当初ESL創設に名を連ねていたものの、その後翻意したクラブのひとつだ。
同氏は大物選手がスペイン国外に出ていき、ELやCLといった欧州の大会でスペインのクラブが勝てなくなるなど、厳しい状況にあることを認めた。しかし、サラリーキャップなど制限を設け、リーグ自体の競争力を高めることには賛成という立場も示す。クラブはここ数年、バルセロナ、レアル・マドリードの2強に割って入り、昨年もリーグ優勝を果たすなど「3強」を作り上げた。他にも、昨シーズンはセビージャが最後まで優勝争いに加わり、また中堅・下位クラブが強豪相手にロースコアで試合終盤まで善戦する試合も目立つ。
レアル・アドリードの元選手であるフェルナンド・イエロ(Fernando Hierro)氏は、「ラ・リーガという商品価値は絶対的」だと述べた。ネイマール、ロナウド、メッシが去っても、その国際的なコンテンツの価値は揺るがないという。
テバス会長は、「ESLはまるでロビン・フッド。しかし失敗に終わった」とも例えた。ロビン・フッドとは12-13世紀イギリスの伝説的英雄で、悪政に苦しむ民衆を助けた義賊だ。その話は文学作品や映画にもなっている。自らを悪に例えたわけではないだろうが、大きな権力(協会)に対しクラブが勇気を持って挑んだ様子を、余裕のある口ぶりで説明していたのは印象的だった。
ギル会長、イエロ氏、そしてテバス会長が口を揃えて言ったことは、リーガの伝統を守る重要性と、積み上げられたリーグの価値だ。親から子へ100年継承されてきたこの「文化」を守ることが何よりも尊いと説く。「当然現状を維持していくことで問題も起こり、CLで勝てていない現実もある。それでも我々ができることは、挑み続けることだけ」と話すギル会長からは、強い意志を感じた。
このWFS自体がラ・リーガとのパートナーシップで開催されているイベントのため、比較的ラ・リーガに好意的な発言が多いことは予想できた。それでも彼らが伝統や文化を重んじていること、つまりリーグを牽引するビッグクラブやスター選手だけではなく、「ラ・リーガという作品」を守ろうとしている姿勢が確認できたのは収穫だった。
ラ・リーガが進める、新たなインド戦略
コロナ禍で財政的にも厳しくなり、上述の紛争も勃発したラ・リーガ。しかしその間、しっかりと海外戦略も走らせている。中でもインドには力を入れ、2016年からオフィスを開設して市場開拓をしている。11億人という人口を抱える国の潜在能力は当然魅力的で、米NBAが中国市場の開拓に成功したように、インドでの成功を目指している。
インドにおけるラ・リーガの戦略はトップダウンで行われ、草の根レベルの活動を充実させながら、若いファンの獲得を進めている。ライフスポーツとして人々の日常に入り込むためには、若いうちからコンテンツに触れ、身近に感じてもらうことが重要だからだ。またインド特有の階級意識が影響し、年齢が高い層へのアプローチが難しいことも、若者中心の戦略になる理由のひとつだとラ・リーガ インド支部のマネージング・ディレクター ホセ・アントニオ・カチャーサ(Jose Antonio Cachaza)氏は言う。
彼が2017年にインド支部へ就任して以来、まずはFacebookやViacom 18との放映権契約を結んだ。後者は米メディア・コングロマリットが立ち上げた合弁企業だ。まずマスメディアを押さえ、そして次にBKT TyresやDream 11という大口のスポンサーと契約。前者はインドのムンバイに本社を置く多国籍タイヤ製造会社で、イタリア2部リーグ(セリエB)のネーミングライツを2018年から3年間、フランス2部リーグ(リーグ・ドゥ)のそれを2020年から4年間購入している。
後者はインドのファンタジースポーツを運営する会社で、2019年にはインドのゲーム業界で初のユニコーン企業となった。ファンタジースポーツとは若者に人気の一種のゲームで、実在するプロスポーツプレーヤーのデータを用いて仮想のチームを作り、実際のパフォーマンスに基づいて付与されるポイントで他のプレーヤーと競う。Dream11ではサッカーの他にも、クリケット、バスケットボールなどが楽しめるようになっている。
実は、このクリケットがインドでは国民的スポーツ。サッカーの人気も高く、ラ・リーガ以外にも、セリエA、ワールドカップなどメジャー大会や主要リーグも視聴されているが、クリケットには敵わない。14歳以下のサッカー視聴者はその年代の20%に過ぎないが、クリケットは50%にものぼる。
とはいえ、クリケット人気に追いつき追い越せというわけではなく、ラ・リーガは共生の道を進んでいる。例えば、クリケットの有名選手をラ・リーガのアンバサダーに起用し、メディア露出を増やすなどしている。一方で、ここまで5年で順調な成長を見せてきたインド戦略だが、次の10年が非常に重要な時期になるとカチャーサ氏は述べた。本来ではクラブとリーグが対立している場合ではなく、一枚岩で海外戦略を進めていかなければならない。
テバス会長の「本音と建前」
新型コロナ禍ではこの「溝」が一層深まり、スター選手の流出という危機的状況にも陥っている。とはいえ、テバス会長はこれまで積み上げてきた国内の伝統と価値を信じ、それを守り抜く姿勢を強調した。
両クラブに対しても毅然とした態度で、過ちを犯した生徒を諌めるよう教師のような余裕すら感じた。しかし、その裏ではインド戦略に見られる国外ファンの獲得も急務。パンデミックの影響もあり、比較的ライトな層や若い世代の取り込みがますます重要だということは認識しているはずだ。
それにもかかわらず、伝統と国内のファンベースの強さのみにラ・リーガの今後を託すような彼の発言は、客観的に見ても無理があると言わざるを得ない。今回、彼の口から具体的な政策は出てこなかったものの、私たちが聞いた建前の裏には未曾有の危機に対する焦りが垣間見えたように感じた。
執筆:渡邉 宗季
2019年からバルセロナ在住。Johan Cruyff InstituteでFCバルセロナと提携したフットボールMBAコースを修了、またCENAFE Escuelaにてスペインサッカーコーチングライセンスレベル1取得。その後フリーで活動。教育からフットボールの発展を目指す「New Vida(にゅーびだ)」代表。サッカー文化を広げるためのGlobal Community「CINK Football Square」講師兼運営。
初出=「HALF TIMEマガジン」10月13日掲載
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公開日:2021.11.26