助っ人外国人列伝/ドラゴンズ編
埋もれた外国人選手の発掘に定評がある中日ドラゴンズ。竜ファンが愛して止まない歴代助っ人をプレイバック!
在籍3年で2度のリーグ優勝と9度のAクラス入りに貢献した鉄腕!
郭源治
中日通算成績3年:(1981〜1996)
496試合 106勝106敗116セーブ 防御率3.22
1980年代以降は多くの台湾人投手が活躍したが、その先駆けとなった郭源治。少数民族であるアミ族の出身でリトルリーグ時代に台湾代表で来日するなど、日本に縁があった郭源治は1981年に入団する。最速151キロのストレートにスライダーやシンカーを織り交ぜる投球で2年目からローテーション入り。83年からは4年連続で2桁勝利を挙げた。だが、好不調の波が激しかったこともあり、貯金のできない先発投手でもあった。転機になったのは1987年。牛島和彦がロッテに移籍したことで抑えに転向すると、闘志を前面に出した気迫溢れるスタイルで鉄腕ぶりを発揮していきなりセーブ王を獲得する。翌1988年は防御率1点台の守護神としてチームをリーグ優勝に導き、2年連続セーブ王とMVPに輝いた。その後も主力投手として抑えと先発でチームを牽引したが、祖国の台湾球界に貢献するために1996年のシーズンをもって退団。台湾では統一と和信で3年間プレーし、シドニー五輪の予選で代表にも選ばれた。1999年に現役を引退した郭源治は、日本人と結婚していたことから日本に帰化し、名古屋で台湾料理店を経営。また、指導者としても日本と台湾で活動し、楽天の春季キャンプで研修コーチも務めた。
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公開日:2020.04.23