監督としての長嶋茂雄と原辰徳、2人は何が違ったのか? ゴジキ氏の新刊『マネジメント術で読むプロ野球監督論』が解き明かす、名将たちの勝負哲学

ベストセラー『データで読む 甲子園の怪物たち』で緻密な分析力を見せつけた野球著作家・ゴジキ氏による最新刊、『マネジメント術で読むプロ野球監督論』が2026年3月18日に発売しました!

『マネジメント術で読むプロ野球監督論 (光文社新書) 』著:ゴジキ/光文社
『マネジメント術で読むプロ野球監督論』著:ゴジキ/光文社新書

「強いチームを作るための普遍的な方法は存在するのか――。」
組織を率いるリーダー、あるいは結果を求められるビジネスパーソンなら、誰もが一度は抱く問いではないでしょうか。野球界の歴史を紐解き、その答えのヒントを与えてくれる一冊が登場しました。

発売前から重版が決まり、発売後わずか1週間で3刷が決定。予約段階から大きな注目を集めている本書。ラブすぽでは、その中から名将たちの監督論を数回に分けて特別公開します!

今回は読売ジャイアンツの黄金期を牽引したあの名将の真髄に迫る一節を特別に公開します。

【プロ野球 DeNA対巨人】 選手交代を告げベンチに引き揚げる巨人・原辰徳監督 =横浜スタジアム/撮影日:2023年07月23日
巨人・原辰徳監督 ©産経新聞社

カリスマ指揮官・原辰徳 ――常勝軍団を築いたマネジメントと哲学

勝負勘を勘のままで終わらせない。長年巨人を指揮した原は、役割の名付けと短い合図でチームの視線を揃え、決めどころだけ大胆に踏み込む。継投・代打・守備交代の基準、休養と実戦の切り替え、メディアの前での言葉の温度――それらを日常の運用に組み込み、例外の余白も残す。ハイライトの一手は偶然ではなく、準備でつくった流れを最後に確かめるためのサインである。

原辰徳は「カリスマ」なのか?――長嶋茂雄の系譜

 巨人軍の歴史を振り返る時、長嶋茂雄と原辰徳という二人の存在を対比させることは避けられない。長嶋は、プロ野球そのものを象徴する存在であった。そのカリスマ性と華やかなスター性は勝敗や采配を超えて球団の顔となり、ファンの心を惹きつけ続けた。

 一方の原は、80年代の人気全盛期、4番打者として長嶋の背中を追った。現役時代は「ON」と常に比較され、時に厳しく叩かれた。だがその姿には「矜持(きょうじ)」があった。ユニフォームを脱いだ後、監督として〝長嶋を超えてやる〞という静かな炎があったはずだ。

 原もカリスマ性豊かではあったが、プロ野球の象徴ではなく、チームを運営し、勝利という公共財を配分する実務の長といった方が正しい。若大将としてバットで魅せた男は、監督になるとスター軍団を束ねる統治者へと変貌し、3つの時代(02〜03年、06〜15年、19〜23年)にまたがって覇権を握った。現場の最前線で采配を振り、人材を起用し、戦術を組み立て、結果の責任を負う。原はリーダーとして、時に喝采を浴び、時に批判を受けながらも、監督業を遂行してきた。00年代から現在までを振り返った時に、長嶋や王に似たカリスマ性もありながら、歴代巨人OBの中では最も監督業に向いている指揮官だったと見ている。

「若大将」としての再出発と圧勝劇

 01年、投手陣の崩壊を受けて優勝を逃し、長嶋が勇退。さらに斎藤雅樹や槙原寛己(ひろみ)、村田真一が引退し、チームを支えるベテランがいなくなった。

 ただ、このシーズンは前年に巨人を日本一に導いた正捕手の村田が健在だったにもかかわらず、長嶋はあえて若き阿部慎之助をスタメンに抜擢した。監督としてのラストシーズンに下すには、あまりにも大胆で、重い決断だったに違いない。実はこの起用には、この時ヘッドコーチを務めていた原の進言があったとされる。阿部の打撃力と伸びしろを高く評価した原は、長嶋に対して強く推薦を行い、監督もその声に応える形で背中を押した。こうして誕生した「正捕手・阿部慎之助」は、後に巨人の未来を大きく左右する布石となる。

 就任初年度、02年の巨人は〝原巨人〞の代表作といっても過言ではない。00年代のプロ野球を振り返っても屈指の強さである。キャッチフレーズは「ジャイアンツ愛」。原は「若大将」と称され、若手選手を積極的に起用した。開幕から調子が良かった阪神を追いかける形となったが、サッカーの日韓W杯の影響で変則日程が始まった6月から首位に立ち、そのまま独走。監督1年目でリーグ優勝、日本一を成し遂げた。長嶋政権で培われた戦力の〝総量〞と原独自のウルトラCのような〝原イズム〞の采配で、チームの天井を引き上げた。それが平成でも突出した規模の得失点差「206」という数字につながっている。

 マネジメントの内実を見ると、支配下登録選手の7割を起用し、若手からベテランまでさまざまな選手にチャンスを与えた。原の手腕として特に光ったのは、自ら見出した若手や中堅の選手を積極的に起用していく采配や運用力である。

 とはいえ、原の打ち立てた骨格はシンプルである。大黒柱の松井秀喜は徹底して4番に固定し、それ以外は相手と局面に合わせて柔軟に対応した。松井は当時三冠王に最も近い存在で、00〜02年の巨人は「松井のチーム」といっても過言ではなかった。

 松井以外の打線に目を向けると、長嶋時代には対左投手の試合で出場機会に恵まれなかった清水隆行を1番に固定。清水は積極的な打棒が活かされてキャリアハイを達成。2番には流し打ちがうまい二岡智宏を抜擢。犠打偏重から脱し、長打も辞さない〝攻撃的2番〞を採用した。逆に開幕で2番に抜擢された仁志敏久は元来プルヒッターであるところを2番という打順から右方向への打撃を意識しすぎたがゆえに、調子を崩してしまった。ただ、その仁志を5月上旬には8番で起用するなど、意思決定の早さが際立った。さらに、高橋由伸が怪我で離脱した時期は阿部を3番に据えた。選手の実績や肩書きではなく、ポテンシャルやチームにおける機能を考えて並べるという、原の合理的な部分が垣間見られる。

 ベンチワークにも同様の思想があった。清原和博の離脱を埋めた斉藤宜之(たかゆき)は、それまではキャリアハイでもシーズン100試合以下の出場だったが、打率 .310、5本塁打、37打点、OPS .774の活躍でブレイク。阪神のエース・井川慶に相性の良い福井敬治のカードもためらわず切る。走力が持ち味の鈴木尚広(たかひろ)は、強力打線の中で代走に特化。その他、宮﨑一彰や川中基嗣(もとつぐ)も積極的に起用。野手の運用はバリエーション豊かかつ、役割を明確にしたことで、ベンチ全体のモチベーションを上げた。

 このシーズンの興味深い数字が、延長イニングの打撃成績だ。他球団の打率 .225に対し、打率 .323を記録。打撃に定評のある投手・桑田真澄を代打で起用した6月18日の横浜戦も延長戦だ。このシーズンの延長戦は14勝3敗2分けで勝率 .824。チーム全体にここ一番の勝負強さがあった。原自身、現役時代の得点圏打率は .286と比較的高かった。こうした勝負強さと嗅覚が監督としても発揮され、チームに伝染したといえる。

 投手陣も、先発からリリーフまで大幅に改善された。前年は得点数が688点ある一方で失点数も659点と多く、穴のあいたバケツのような状況だった。しかし02年は5点以上取って負けたのは6試合のみ。先発陣は前年の防御率4.59、平均イニング数5.59回から防御率2.92、平均イニング数6.88回に。エースの上原浩治が復活し、17勝5敗、防御率2.60で99年以来、2度目の沢村賞を受賞した。ベテランの桑田真澄も、自慢の制球力で新しくなったストライクゾーンを活用し、この年に復活を遂げて二桁勝利を記録したうえに、最優秀防御率に輝いた。髙橋尚成(ひさのり)も成績を向上させてキャリア初の二桁勝利。工藤公康(きみやす)は勝ち星にこそ恵まれなかったものの、先発ローテーションの一角を担った。このように左右2枚ずつ揃った先発陣が規定投球回数を投げたこともあり、盤石な体制を取ることができた。河原純一を思い切って抑えに転向させる決断も奏功し、28セーブを挙げた。

 この、前年は先発で芽が出なかった投手を役割転換させ成功に導く柔軟さは、後年の上原のクローザー起用にも通じる。「失点を減らすことが最大の補強」という方針の下でブルペンも整理され、前田幸長、岡島秀樹らがフル回転。打撃の爆発力を軸に据えつつも、勝ち切るための戦略的補強を怠らなかった。

 日本シリーズでは原の初陣采配が冴えわたり、西武相手に4連勝で日本一。初戦から若さあふれるアグレッシブな采配を振り、ダブルスチールを織り交ぜる攻めの野球でシーズン90勝の西武に対して主導権を握った。また、このシリーズで不調の江藤智を下げて好調の斉藤宜を上位に配置するなど柔軟に手を打ち、「最小限のサインで選手に委ねる」マネジメントを徹底。「一人ひとりが自分の判断で動いてくれるチームになった」とコメントするように、自律と機動力が噛み合った巨人が、相手をねじ伏せたシリーズだった。

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【書誌情報】
『マネジメント術で読むプロ野球監督論』
著:ゴジキ


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原辰徳、落合博満、岡田彰布、伊東勤、栗山英樹、緒方孝市、工藤公康、辻発彦、中嶋聡、高津臣吾、新庄剛志、小久保裕紀、阿部慎之助。
彼らは頑固と柔軟、安定と挑戦、温情と冷徹といった矛盾する問いとどう向き合ってきたか。マネジメントのスタイルは時代を経てどのように変わったのか。強いチームを作る普遍的な方法はあるのか。
『データで読む 甲子園の怪物たち』がヒットした野球著作家が、各監督の特徴を徹底分析。

◎著者プロフィール◎
ゴジキ(@godziki_55)
野球評論家・著作家。著書に『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『戦略で読む高校野球』(集英社新書)などがある。『データで読む甲子園の怪物たち』(集英社新書)は発売前重版を記録。
連載実績として「ゴジキの巨人軍解体新書」「データで読む高校野球2022」「ゴジキの新・野球論」などを担当し、現在はサイゾーオンラインにて「ゴジキの野球戦術ちゃんねる」を連載中。
週刊プレイボーイ、スポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!、集英社オンライン、現代ビジネスなど各種メディアでの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュースの公式オーサーにも選出されている。

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