令和の時代に「エースで4番」を体現した甲子園のスター│山田陽翔(2021・2022年、近江)

「主人公力」が決め手でセンバツ決勝へ

 初戦の長崎日大戦からいきなり延長13回165球を投げきり決勝打をあげ、甲子園の主人公にふさわしく華々しい勝利で飾る。2回戦の聖光学院戦では試合序盤こそ不安定だったが、前の試合の球数を考慮し、力を抑えながらも球数も軽減するピッチングを披露。87球で完投勝利をあげる。準々決勝では前年秋に敗れた金光大阪にも勝利した。

 しかし、準決勝の浦和学院戦は序盤から球が高めに浮いていた。そのため、低めに落ちるボールを多投する傾向が見られたものの、疲れの影響もあってか、ストレートは130㎞/h後半のままで変化球も高めに浮いてしまう。苦しいピッチングが続くなか、5回裏に山田は足に死球を食らってしまう。筆者が映像で見ていても、非常に大きな音が聞こえたため、重大な怪我なのではないかと思わされる場面だった。山田は、臨時代走を出す形で一度ベンチに下がることになるも次の回も足を引きずりながら、引き続きマウンドに上がった。足をかばっている影響か変化球は5回よりもさらにキレが悪くなっていたものの、なんとか無失点に抑えた。

 この投球によって山田は球場の雰囲気に味方につけ、調子を取り戻していき、8回裏には145㎞/hを計測。9回も浦和学院打線を抑え、延長戦に突入した。最終的には近江は11回裏に疲れが見えはじめた金田優太(現・千葉ロッテマリーンズ)を攻め立て、最後は山田とバッテリーを組んだ大橋大翔とがサヨナラスリーランホームランを放ちゲームセット。近江は、一人のエース頼りなのが不安材料だったものの、打撃陣の勝負強さと守備陣の奮起が山田の力投を盛り立て、それが球場をも味方につけた。足を引きずる山田を投げさせた近江を手放しで称賛することも、エースの宮城を温存した浦和学院の采配を間違いとも言いきれないが、一つだけ言えるとしたら山田の「主人公力」が決め手になった試合だった。

 決勝の大阪桐蔭戦の山田は今大会初めて4番ではなく「9番・投手」として出場。この打順変更からは、山田を早めに降板させるつもりだったことがうかがえる。準決勝まで全試合完投し、昨日の準決勝でデッドボールを受けて足に不安が残る山田は、明らかにベストなコンディションではなかった。山田は序盤でマウンドを降り、チームも準優勝に終わった。ただ、この大会は山田の活躍が大きく報道され、「二刀流」としての知名度を上げ、甲子園の主人公として夏も期待された。

大阪桐蔭とのセンバツ決勝。松尾汐恩(現DeNA)に本塁打を打たれる。
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ゴジキ(@godziki_55)
野球著作家。著書に『戦略で読む高校野球』(集英社新書)、『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ)、『21世紀プロ野球戦術大全』(イースト・プレス)、『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『アンチデータベースボール』(カンゼン)など多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターをはじめとして、メディアへのコメント寄稿を多数おこなう。

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