SPORTS COLUMN
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66番は育成出身の誇り

Text:遠藤玲奈

元千葉ロッテマリーンズ 岡田幸文さんトークショー

現場の熱気を伝えることを主眼に毎回リポートを書いてまいりましたが、これだけ立て続けにトークショーが開催されていると、熱い会場であることはある程度ご存じいただけているのではないでしょうか。

今回も、開場時刻前から並ぶファン、手にはそれぞれの思い出のグッズ、入場して羽織るユニフォームに66、66、66。育成時代の132番を半分にした数字だということを恥ずかしながら私は初めて知りましたが、誇らしく身にまとっているファンの皆様にとっては当たり前の事実なのでしょう。

今日は泣いてるお客さんがいない、というDJケチャップさんのひと言に笑いが起きましたが、それも岡田さんの明るく親しみやすいキャラクターゆえ。とにかく会場は十分すぎるほど盛り上がりました、とお伝えしたうえで、今回はやや違った視点で、現場で語られなかったこと、というか、語られた以上のことを、少し掘り下げてみたいと思います。ご来場くださった方にも、残念ながら来られなかった方にも、興味深く読んでいただける内容のはずです。

ヤマモリさんのことです。

スーパーキャッチの守備職人がスカウト

ケチャップさんの口から名前が出た時、ああ、というような声が客席からちらほら聞こえました。山森雅文さんのことをよくご存じの方もいらっしゃるようですが、引退後25年経つ元プロ選手を詳しく知らない方もいるかと思います。

山森さんは、熊本工業高校から1979年に阪急ブレーブスに入団しました。熊工といえば、川上哲治さん、前田智徳さんらを輩出した名門です。

プロ入り後は、川上さんのように打撃の神様というわけにはいかず、苦労されたようですが、守備での評価は高くゴールデングラブ賞を受賞したこともあります。

中でも1981年9月16日の対ロッテ戦での好守備は特別なものでした。ホームランとしか思えない当たりを、フェンスのかなり上まで一瞬でよじ上り、アウトにしてしまったのです。このスーパーキャッチの映像はアメリカの野球殿堂でも流れているそうです。

岡田さんの話に戻ります。

故障により入学後まもなく大学を中退し、社会人チームの全足利クラブでプレーしていた岡田さんに、プロ入りの話が来るようになりました。3球団が視察に来ていたそうですが、その中に千葉ロッテマリーンズは入っていませんでした。「球団としては」です。その代わり、2007年からマリーンズのスカウトに就任していた山森さんが、個人で見にきていたのでした。作新学院高校の時から岡田さんに注目していたのだそうです。

24歳になる年、育成でもいいからプロに入りたいと切望していた岡田さんは、マリーンズから育成ドラフト6位指名を受けます。最終決定は球団の総意によるものですが、山森さんの熱い推薦があったことは容易に想像できます。

守備の名手二人による奇跡

練習では誰よりも先頭に立ち、大きな声を出してアピール。そのかいあって、2年目の6月1日に初の一軍昇格。初出場した一軍の試合は全てがきらきらと輝いていて、二軍とは別世界。もう二軍に落ちたくはない、落ちたら二度と上がってこられないかもしれない、しがみつかなければと覚悟を固めたそうです。その後のご活躍は、ファンの皆様がよくご存じの通りです。

野球を続けるために進学した大学を即中退して実家に帰った時には、野球を諦めることも考えたそうです。客観的に考えれば確かに、プロとして活躍することは難しそうに思える状況です。

常識を超えたレベルの2人の守備の名手が出会い、奇跡が起きました。

山森さんは今、社会人野球のJFE東日本でコーチをなさっているそうです。次回、岡田さんにお越しいただく時は、山森さんとのコーチ同士の対談を見てみたいです。

『ラブすぽ』ライター:遠藤玲奈
池田高校のやまびこ打線全盛期に徳島に生まれる。慶應義塾大学法学部卒業、東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。選手としての経験はないが、独自の方法で野球の奥深さを追究する。特に気になるポジションは捕手。フルマラソンの自己ベストは3時間31分。