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八百屋から欧州クラブのビジネスディレクターへ。「なぜサッカークラブで働くのか?」シント=トロイデンVV 村田晋之佑のキャリアビジョン

スポーツビジネスの現場で核となり、さらに将来のキーパーソンともなる30代の方々に、これまでのキャリアと現職について伺う連載企画。今回はシリーズ初となる海外から、サッカー・ベルギーリーグ1部のシント=トロイデンVV(STVV)でビジネスディレクターを務める村田晋之佑(むらた・しんのすけ)さんに伺いました。(聞き手は新川諒)

欧州クラブのビジネスディレクター職

――まず初めに、シント=トロイデンVV でどのような仕事をされているか、お聞かせください。

現在職種はビジネスディレクターで、クラブの現地でのビジネス活動全般の責任者を務めています。具体的には4つありまして、1つ目はスポンサー営業、チケット・グッズ販売などサッカークラブの中心となるビジネス活動。2つ目は新規事業やスタジアムの近代化です。スタジアムに関してはソフトウェアとハードウェアが連動する仕組みを作って、顧客体験を良くすることを目指しています。

3つ目は日本とベルギーをつなぐ活動です。日本の会社さんがベルギーで何かしたいというのをお手伝いする、またその逆も然りということですね。実際に日本に洋梨を輸出したい現地の企業さんがいて、洋梨を輸入するにはどういう規制をクリアして、どんな農薬だったら使用できるのか、また日本でのロビー活動をする企業さんを紹介するなど、ゼロから考えて包括的にコンサルティングをするなどもしています。

最後は、海外にいるという利点を生かして、海外事例を日本に紹介する活動も行っています。私たちも採用しているマクロンというテクニカルキットサプライヤーがイタリア・ボローニャにあるのですが、興味があるJクラブさんを紹介しています。また最近 STVVでもファントークンを発行しましたが、トークンの発行元であるChiliz(チリーズ)社や導入したいと思っているスポーツクラブ・団体とも協議しています。

――キャリアについても教えてください。社会人のスタートは、どのようなものでしたか?

高校まではサッカー選手として生きていこうと思っていました。なので、卒業後は何をしようか悩みましたね。その時アルバイトを始め、八百屋さんに携わることになりました。そして、気がついたら独立していたんです(笑)。

移動販売の事業で、市場から野菜や果物を仕入れて、車で所定の場所まで移動してカートを下ろして販売していました。駅前などで移動販売をしている人を見かけると思いますが、まさにあれを創業したんです。

八百屋というのはすごく季節特性があって、夏に桃が出てくると売り上げが3倍になったりする。また、競合の移動販売は年齢層の高い方がやっていてあまり動かなかったり、住宅地の中まで入り込んで行かなかったりと、市場や業界についての気付きがありました。

私は当時19歳だったんですが、夏の時期を狙って同年代を集めて「機動力の高い移動販売」をしたら儲かるんじゃないかと思って(笑)。夏にタウンワークに求人を出して法人化したのが創業の経緯で、3年ぐらいやりましたね。

起業を経て、イギリスの大学へ海外留学

――起業した後、イギリスのヨーク大学に進むことになりますね。

もともとヨーク大学には19歳の時に合格してたんです。イギリスの大学は UCAS(英国の大学入学サービス)に登録すれば、IELTSを取得して、高校の成績と志望動機を添えればオンラインで出願できるようになっています。

日本の国公立大学に行ける受験勉強をしていた訳ではなかったですし、お金がなくて私立にも行けない。ですが小さい頃ニューヨークに2年間住んでいて帰国子女ということもあって英語は喋ることができました。

(ヨーク大に)受かった状態でずっと保留にしていて、22歳の時に事業を畳んで、貯まったお金で2011年の9月からヨーク大学に進学しました。イギリスの大学の文系学部は3年制ですので、25歳の頃に卒業することになります。

ちなみに、イギリスでは大学サッカーをやっていました。もともと、小学生の頃から鎌倉のよりともサッカークラブでプレーを始め、湘南ベルマーレのジュニアユース、そして高校でも湘南学院とずっとサッカーをしてきて、ゴールキーパーだったんです。

ですが、ヨーク大学とライバルのランカスター大学のダービーとなる対抗試合があったのですが、あまりに激しくてその試合で両肩を脱臼します(苦笑)。ゴールキーパー生命を絶たれて、フットサルのフィールドプレーヤーに転向しました。

――大学卒業後に三井物産で会社員に。いかがでしたか?

新卒として入社したんですが、オフィス勤務は初めて。ずっとブルーカラーの仕事をしていたので、普通の新卒より仕事はできなかった。でも、日本と南米間の貿易を担当するなど、どれも案件はすごく面白くて、エキサイティングでした。

三井物産はすごく良い会社だったのですが、自分が決裁者になれるのは20年後。自分で事業を作ってきた経験からすると、途方に暮れてしまいました。だったら自分で責任を持って意思決定できるような組織に入りたいと思い、創業2期目のベンチャー企業に入社しました。社員番号は5番。1人目の営業でした。

私が入った当初は5人でしたが、辞める頃には80人規模に。3年間で資金調達も3回、オフィス移転も4回して在籍した期間で濃い体験をしました。その時私は29歳。子供が生まれることにもなり、少しリラックスするため会社を辞めて自分の会社を立ち上げました。半年間くらい、週3日で働くという時期もありました。

シント=トロイデンVV への「転職」

――シント=トロイデンVV には、どういった経緯で転職したのでしょうか。

もともと私自身スポーツが好きで、周りにもスポーツ好きが多かったんです。で、月に1回居酒屋に集まって、6時間ぐらいスポーツの話をするというのをやっていました。そのつながりでDMMのフットボール事業部の方と親しくなって、「ベルギーに行ってみませんか」とお誘いを受けたんです。現社長の立石が日本に帰ってきた時に面談をして、ベルギーに来ることになりました。

これまで起業、就職を繰り返してキャリアを築いてきたんですが、30代は一つの産業に腰を据えたいと思っていたんです。これまで培ってきた経験を産業全体のために活かせるような、中長期的に取り込めるものが良いと思い、スポーツを選びました。

サッカーがなかったら今の自分はなかったと思うので、恩返ししたいという思いもあります。実際に業界に入っていないのに偉そうなことは言えませんし(笑)、30 代のキャリアはスポーツ産業に捧げようという想いで海外に来ています。

――それまで他に、スポーツ業界で働くことを考えたことはありませんでしたか?

意識的にはありましたね。さかのぼると、私はゲームがすごく好きなんですが、みんな『ウイイレ』をやっている中、私は『サカつく』の方が好きでした。サカつくはすごく良くできていて、クラブが大きくなるとホームタウン活動をするにつれて街も盛り上がっていくんですよね。コミュニティの中心としてのスポーツクラブのマネジメントには昔から興味はありました。

実際に転職となると色々なハードルがあると思っていたので、なかなか踏み切れませんでした。元々サッカー業界で働いていたわけでもないので、お声がけいただく機会もありませんでした。一度Jリーグがデジタル戦略担当オフィサーを公募していて応募したんですが、書類で落ちて、これは縁がないと思っていました(苦笑)。

――スポーツを仕事にすることで、何か見えたことはありましたか。

ITベンチャーや大企業で働かれていた方が活躍できる場が、すごく広いんじゃないかと思います。スポーツの良いところはネットワークが効いていて、地域コミュニティーを力づけることができる点です。

デジタル化が遅れていたり、イベントや不動産収益に偏重しがちなので、そういう収益のポートフォリオに幅を持たせたりすることのできる人とか。ユニークなバックグラウンドの人がいれば、スポンサーに広告枠を売るだけではなくて、課題解決につながるようなアプローチができるのではとも思います。

――村田さんのこれまでのキャリアから、今の仕事で活きていることは何でしょうか。

非連続的な成長を経験したことです。八百屋もベンチャー企業もそうですけど、小さい会社では売上が前年比2000%ということもある。そうなると、自分たちが変化していかないと世の中についていけないと強く感じました。これまでやってきたことの延長線上を大事にしつつも、非連続的な発想で企画を立ち上げたり、そこにコミットすることが必要です。

これからのエンターテインメントは、汎用的なものではなくて「特殊」なものが受け入れられると思います。地域の人は何を考えていて、地域にはどんな特性があって、どういったプライドを持って戦っているのか。そういった側面を捉え、スポーツの良さを世の中に伝えていくことが、クラブとしては重要になると思います。

キャリアビジョンと家族のサポート

――転職は家族の理解も必要です。村田さんの場合はベルギーに行くことが条件でした。反対などはありませんでしたか?

良い質問ですね。一般的には大変だと思っています。私の場合は、一定の経済的・家庭的コミットをしていれば文句はないよ、という妻の理解もありました。正直に言って、家族のサポートあってこその転職だったと思います。結婚して子供が生まれたばかりの時(STVVで働く前)には、一度無職になっていますから(苦笑)。

妻は元々カナダに海外留学経験があり、シンガポールで働いていたこともあって、海外生活や外国人の友達を作ることにストレスが少ないタイプでした。今はありがたいことに子供の面倒を見てくれていて、家庭を支えてもらっています。彼女のサポートなしでは今の自分はなかったかと思いますね。

――最後に、スポーツ業界に入るのは新卒からが良いのか、それとも他業種を経験してからが良いのか、よく議論に挙がります。村田さんはどうお考えですか?

色んな見方があると思います。個人的には、新卒か中途かに関わらず「自分が何をしたくて働いているのか」を考えることが重要だと思います。新卒だから一般的な仕事の仕方を知らなくて効率が悪いとか、中途だからサッカー業界のことをあまり知らなくて的外れな提案になってしまうとか、もちろん色々あると思います。

でも、結局は新卒で働こうが中途で働こうが、自分がどういうキャリアビジョンを持っていて、そこに向かっていくために「なぜサッカークラブやスポーツクラブで働くのか」をきちんと考えられていれば、関係ないと思うんです。

スポーツクラブは、実態としては地域に根ざした中小企業という側面がある。なので、選手とも近づける「夢のある華やかな職業」と思って入ってきてしまうと、途中で辛くなってしまうというのは、新卒、中途に関係なくあります。

逆に、「自分の性格や経験を活かして、何ができるんだろう」、「どういう付加価値が生まれるんだろう」と考えられれば、新卒や中途といった括りは関係ないと思いますね。

聞き手:新川 諒
現在はNBAワシントン・ウィザーズのマーケティング部でデジタル・スペシャリスト、そしてMLBシンシナティ・レッズではコンサルタントを兼務。フリーランスとしてスポーツを中心にライター、通訳、コンサルタントとしても活動。MLB4球団で合計7年にわたり広報・通訳に従事し、2017年WBCでは侍ジャパンに帯同。また、DAZNの日本事業立ち上げ時にはローカライゼーションも担当した。

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