SPORTS COLUMN
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史上最多「400勝投手」など規格外の記録づくめの金田正一の年俸は今ならいくら!?

球界のレジェンド今なら年俸はいくら?

今や1億円プレーヤーなど当たり前になった日本球界。もしも、昭和を代表するレジェンド選手たちが現在の日本球界でプレーしたら、いくら稼ぐのか!?妄想企画、スタート!

規格外の記録づくめでもはや年棒査定は不可能!?

現代野球ではまず不可能な史上最多「400勝投手」:金田正一
【妄想生涯年俸】
139億1200万円
(年平均6億9560万円)

この企画が始まり、これまででで取り上げたのは、長嶋茂雄、王貞治、清原和博の3人。もし、カネヤンこと故・金田正一氏が本誌を読んだら「ONときたら次はワシやろ!」と一喝されるに違いない。しかし、金田正一をこれまで掲載しなかったのには、当然理由がある。当時の野球界では、投手の記録が現在と比較にならないほど凄まじいものになっており、その記録を現代に置き換えて「妄想年俸」を算出する当企画でも、基準が違いすぎて年俸計算が不可能…。そんな理由から、投手・金田正一のピックアップを避けてしまったのだ。しかし、「連載」が決まった以上、400勝投手・金田正一の存在は避けては通れない。ここは思い切って、「もしもカネヤンが現代プロ野球でプレーしていたら、いくら稼ぎ出すのか?」を妄想していきたい。

金田正一は享栄商業(現享栄高)3年だった1950年の夏、甲子園予選で敗退すると同校を中退、シーズン途中に国鉄(現ヤクルト)に入団している。この時点で、すでにひとつめの「今ではありえないこと」が起きている。現在に置き換えると、清宮幸太郎が夏の都大会敗退後、早稲田実を中退して8月にはプロのユニフォームを着ているようなものだ。ただ、当時は有力選手の高校中退→プロ入りというケースは決して少なくはなかった。当時の金田正一は今でいう「ドラ1候補」でもあり、その後禁止となるいわゆる「裏金」で「中学、高校と一度も学費を払ったことがない」と本人も語っている。当然ながら、1年目の年棒は現在の高卒ルーキーではトップクラスの1200万円に設定。上限の1500万円でないのは、シーズン途中入団であることを考慮してみた。

プロ入り初年度、8月からの参戦にもかかわらず、金田正一はいきなりシーズン8勝をあげる。当時まだ17歳。恐るべき高校生である。実質2カ月の実働であるため、翌年の年俸は2000万円に抑えてみたが、この年でようやく今でいう「高卒1年目」。もっと言えば、金田は通常より1年早い14歳で高校に入学しているため、まだ高校3年生の年齢である。にもかかわらず、フルシーズン働いた金田は56試合に登板し22勝21敗という規格外の成績を残す。先発44、完投25、投球回350は現代野球では考えられない。こうなってくると早くも年俸算出は不可能になってくるが、敗戦数も多いこと、球団が今でいうヤクルトであることを理由に、翌年の年俸は8000万円と控えめな設定にしてみた。しかし、金田正一はプロ入り2年目以降、14年連続で20勝を記録。いくらヤクルトとはいえ、年俸は倍々ゲームで上げざるをえない。

転機となるのは1958~1959年。現在でいえば金田正一はこの年、FA権を取得する。この時点での妄想年俸は8億円 (!?)。とはいえ、残した数字を見れば少ないくらいだ。史実では65年に10年選手制度(今でいうFAに近い制度)を使って巨人に移籍しているように、金田正一の巨人への思いは当時も強かった。当然、FA移籍するならメジャーか巨人。メジャーなら総額2億ドルクラスも固いが、それまでの登板過多はメジャーでは特に「クレイジー」ととられかねない。ここではあくまでも国内移籍、しかも巨人が獲得すると想定して、妄想契約総額は8年総額96億円!契約金も含めれば総額100億円と大胆算出。20勝が確実に計算できる投手、と考えれば、この金額でも納得いただけるだろう。成績を落とした晩年はさすがに年俸も下がると想定されるが、本誌が導き出した生涯妄想年俸は139億1200万円! カネヤンも、これなら納得してくれる!?

 

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