SPORTS COLUMN
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世界最短記録で300本塁打を達成したアジアの大砲!李承燁

Text:雪之丞華之介

助っ人外国人列伝/台湾編

日本球界で輝いたアジアの雄!

北米出身のメジャーリーガーだけが「助っ人外国人」ではない。WBCや五輪における最大のライバル国で、名選手を多数輩出している韓国の助っ人たち。

アジアの大砲、ライオンキング!数々の異名を持つ大スター

李承燁
NPB通算8年:(2004〜2011)
797試合打率.257 159本塁打 439打点

韓国の国民的大打者・李承燁。韓国時代の2003年に年間56本塁打を記録し、当時、王貞治の持っていた年間55本塁打記録を破ったことで「アジアの大砲」として世界中の注目を集めることになった。1995年に投手として三星ライオンズに入団した李承燁は白仁天監督の勧めで打者に専念。すぐに才能を開花させる。チーム名から「ライオンキング」の異名を持ち、26歳10カ月の世界最短記録で300本塁打を達成。韓国球界を代表する選手となっていく。来日は2004年。元々はメジャー志向だったが、獲得球団が現れずに千葉ロッテに入団することに。復帰間もないボビー・バレンタイン監督の下で開幕四番を任されたものの、日本投手の精密なコントロールや変化球攻めに対応できずに不本意な成績で1年目を終える。

しかし、翌2005年には日本球界に適応し始め、日本シリーズで3本塁打を記録するなど、チームの日本一達成に貢献したが、条件面での折り合いがつかず、2006年から巨人に移籍。巨人の第70代4番打者となる。巨人時代は左ひざ手術や左肩、左手親指の故障に悩まされたが、通算で5年間在籍。2010年限りで巨人を退団すると、「このままでは地元に帰れない」と日本球界残留に強い執念を見せてオリックスに入団。122試合に出場したものの、打率.201、15本塁打と全盛期からはほど遠い成績で日本球界を去った。それでも彼はめげなかった。その後は韓国球界に復帰し、全盛時を彷彿させる活躍を見せた。

 

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