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井端弘和は現役をいつやめると決めたのか?

2019年4月22日開催 元中日ドラゴンズ/読売ジャイアンツ 井端弘和さんトークショー

1997年のドラフト会議で中日ドラゴンズから5位指名を受け、プロ野球の世界に飛び込んだ井端弘和。今となってみれば、守備の名手の代名詞である井端弘和だが入団当初から華々しくデビューしたわけではなかった。

プロ1年目の1998年は一軍での試合出場は18試合に留まった。2年目の1999年に関しては一軍での試合出場はなかった。3年目の2000年に星野仙一監督に守備力の高さを見そめられ、試合終盤の守備固めや代走で出場機会を作り、そこで結果を出しながらレギュラーとしての出場機会も増やしていった。

落合博満監督就任1年目の2004年には選手会長に就任し、チームの柱としてリーグ優勝に大きく貢献した。また、自身2度目となるベストナインに選出され、自身初の打率3割、ゴールデングラブ賞を受賞した。ここから先の活躍はあなたもご存じの通りであろう。

そんな守備の名手の井端弘和がプロ通算2000本安打まで100本を切っていたにも関わらず、現役引退を決めたのはなぜなのか!?

そしてそれはいつなのか!?